17歳からのメッセージReport2003

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17歳からのメッセージReport2003

17歳からのメッセージ?[受賞作品集]??銀賞?った。茫然とする心地の私を後に残し、自動扉が音を立てて閉まった。あれからもうすぐ六年目の夏が来る。彼女の言葉のように親孝行できていないし、最近ケンカすることも増えたけど、それでも私の心の奥には、彼女の言葉が刻みつけられている。両親と一緒に暮らせる幸せを忘れてはいけないよと。誰かに伝えたい…。秘めた私の心のモヤを。少しでも理解してくれる人が一人でもいたらそれだけで私は幸せ。「天然の子」それは、髪の毛が天然パーマというのではなく、少しボケキャラの子のことを言う。実は私も、友達曰くそのキャラらしい。でも、そのことを私自身は自覚していない。小学校の頃から、人とは少し違っていて、何かずれているなとは思っていたが、天然ではないと思っている。周りの友達からは「おもしろい!」と評判は良いが、友達の顔を見ていると、私の発言に対しての反応は「?」の方が多い。多分、私の発言を理解していないのだろう。そんな毎日が続き、精神的に本当に疲れた。人前ではとても気をつかってしまうのだ。いつも、私が今した事、言った事は正当か、などと自問自答してしまう。最近独学で韓国語をやり始めたが、その事をある人は「何で?普通ヨーロッパ系じゃない?」などと言って否定し、笑ったりする。理解されない。アジアの言語に興味を持つことはおかしな事だろうか。みんなと理解し合いたいが、それは無理だろう。だけど、最低、親友には理解してもらいたい。もし、このエッセイが入選したら一度話してみようと思った。中学の時、祖父にいくら男遊びをしてもいいが、一線だけは越えるなと言われ続けていた。幼稚園の頃から「おじいちゃんと結婚する」と言っていた私はいつの間にか高校に入り、人生約五人目の彼氏を飼っている。さすがに異性のことを何かと口うるさく言っていた祖父にも多少ぼけが入り始め、今彼と元彼の名前がごちゃ混ぜになってしまうことも少なくはない。進級してから祖父の彼氏への態度が明らかに冷たく、そして私に対しても無口になった。これはかわゆい孫娘を今が盛りと言わんばかりの男にとられたと思ったのか…。もう私たちも青少年と呼ばれる時期にきているのだ。世の中でいうお年頃、毎日同じ事しか祖父に言えなくなった自分、彼氏も好きだけど何よりも祖父が大好きなのだ。できるならタイムスリップでもして、若かりし頃の祖母から祖父をとりあげて結婚したい。また祖父のような人に魅かれ祖父のような人と結婚するだろう。祖母が他界した時「私がおばあちゃんのかわりになる」と言って泣いたあの頃の気持ちを私は少しだけ忘れていたのだろう。すごく身近で何よりも自分を大切に思ってくれている、自分の支えになってくれる恋人のような祖父を私はとても愛おしく思える。家族が他人や空気になりつつあるこの世の中、薄い愛情で繋がれる彼氏もいいけど家族を愛せないのに他人を愛せるわけがない。愛せたとしたら、他人を家族のように思えるあったかい世の中になると思う。そうなったらいいなぁ。弱い。自分にはこの言葉がよくあてはまっていた。いや、正確には「あてはまっている」のほうが正しいのかもしれない。拒絶。一見すると強そうなイメージをいだく言葉。でも本当は否定する事で強く見せるだけのトリックなのだ。昔の自分はこのような言葉がよく似合う、いわゆる「いじめられっ子」だった。助けを求めたい。でも、何に求める?求める物が見つからない。だから全てを拒絶した。自分を否定するもの全てを。そんな時に、僕を変えてくれたのが友達だ。ここで言うところの友達とは優しい奴だけじゃない。暴力を振るう奴も僕から言えば友達だ。何か苦しい事があれば、優しい友達が助けてくれた。暴力を振るう友達だって、彼らが僕に強くなるきっかけをくれたと思えば皆いい奴だ。何故僕はそれまで気付かなかったのだろう。何故否定しかできなかったのだろう。でも、それでも、僕の相手をしてくれた多くの友達がいた。人としての心が、弱いなりに強くする努力ができたのは、誰でもない、彼らのお陰だ。一度変われたんだ。今さら不可能なんてことはない。今度は僕が誰かを助ける番だ。今このように思えるのも、皆のお陰なんだ。「いやぁありがとう、感動した。おじさん久しぶりに感動したよ。本当にありがとう」名も知らない一人の中年男性がそう言って仕事帰りに子供に買っていたお土産を僕にくれました。僕がホテルの前の路上でギター片手に歌っていた冬の寒い日のことでした。僕はこれまで路上ライブというものをしてきて、たくさんの人と出会いました。大学生、女子高生、会社員、おじいさん、おばあさん。そんな人々とのふれあいの中で僕は大切なものを教えられたような気がします。それが何かと聞かれても言葉では言い表せないけど、一つだけ言えるコト、それは人と人とが支え合っていく上で一番大切な温もりとか思いやりに近いものだと僕は思います。僕が歌うことによってそれを聴いてくれる人々が笑顔になり、そして僕も心が温かくなる。僕はあの冬の日、寒さを感じることはありませんでした。それはあのおじさんの温もりが僕の心を温かくしてくれたからだと信じています。だから僕はその温もりを求めて、また、そんな温もりをくれる人々に笑顔を与えるためにギターを片手に歌い続けるでしょう。何故、他人と違うことをしよう!と思うとこんなにも勇気がいるのだろう。自分は自分。他人は他人。たくさんの人がいて、その数だけの性格や考え方がある。それを今、分かっていない人が多過ぎると私は思う。小学生の頃私の口グセは「どっちでもいいよ」だった。自分の意見を言ったら嫌われる。そう思っていた。だから何をするにも仲良しグループのリーダーが決めるのだ。自分の意見を言うのが怖い。みんなに合わせて笑っている。なんて楽だろう。その場だけ楽しけりゃいい。なんて楽なんだろう。しかし、私が家族とも上手くいかず、学校でも上手くいかなかった時助けてくれた子はその中で一人もいなかった。私のことなんて忘れていたのだ。中学に入り、仲良くなった子に「あんた、自分に意見ってもんないの?」と言われた。すっごく悔しかった。しかし、やっと気付いたのだ。この世に私は一人しかいないのだ。イコール周りにいる人、世界中の人々はみんな一人しか存在しないのだ。その人たち一人一人を認めないで一体誰を認めるのか。あれは「正しい」なんて誰が言えるだろう。一人一人性格は違うし、考えていることも違う。どんな考えを持つと、みんなから好かれるのか。一人一人違うのだから、それは無理だろう。私はそれから意見を言うようにした。最高の親友ができた。どんな時も助けてくれた。他人に認められた瞬間だった。認め合うこと。最低限のルールだと思う。18宮崎県立都農高等学校(宮崎県)河野将大さん路上ライブを通して岐阜県立羽島北高等学校(岐阜県)粥川晃博さん弱くても…大阪府立天王寺高等学校(大阪府)片山智洋子さんさらけだし山形県立米沢商業高等学校(山形県)神藤咲さん祖父はいいなずけ横浜隼人高等学校(神奈川県)北原沙季さん認め合う事