17歳からのメッセージReport2003

17歳からのメッセージReport2003 page 21/76

電子ブックを開く

このページは 17歳からのメッセージReport2003 の電子ブックに掲載されている21ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「電子ブックを開く」をクリックすると今すぐ対象ページへ移動します。

概要:
17歳からのメッセージReport2003

17歳からのメッセージ?[受賞作品集]??銀賞?エレベーターのドアが閉まりかけたので走って乗ろうとしたが間に合わないと頭では分かっていた。だから走るのをやめた。でも、乗っていた男の人が急いで「開」のボタンを押して私が乗れるようにしてくれた。私は「ありがとうございます」と、お礼を言ってエレベーターに乗った。もう、この人に会うことは二度とないかもしれないけれど、私はこの人を忘れないだろうと思った。ある日、エレベーターに乗って「閉」のボタンを押したときに走ってくる若い女性が見えたので、私は急いで「開」のボタンを押した。その女性は「ありがとう」と言ってエレベーターに乗りこんだ。私は、今日はちょっと良い日だな、と思った。そして、この前の男の人も、ちょっと良い日だな、と思ったのだろうかと考えた。この女性とも、もう会うことはないだろう。それでも私はその日、一日をウキウキした気分で過ごした。1分にも満たない出来事だったけれど、それで喜んでいる自分が面白かった。私の弟は、今年一年間の専門高等学校に進学しました。学校の特色としては就職ができるよう訓練しハローワークと連携しています。同時に色々な世代が集まっています。そして弟のクラスは7名という少人数です。朝学校へ着くとランニング、午後は腹筋、腕立て伏せという体力作りをしているようです。もちろんクーラーや暖房はありません。このような過酷な所で来年の就職に向かって頑張っているようです。以前弟の学校へ行く機会があり、弟が訓練しているところを見学した時、私が弟に道具の名前を次々とこれは何という道具を使って作ったのかと聞くと、次々と答えてきました。私はそれを信じることができませんでした。私の弟は、実を言うと療育手帳を持っていて知的な障害があります。しかし、私は両親に自分と弟の差をつけようとはしません。もちろん親もですが、私と弟が喧嘩をしても。最近では弟の方が喧嘩が強くなってしまい、私の方が負けることが多くなりました。今年一年間は弟にとっても私にとっても大変な時期です。私も福祉関係の就職を希望していて、弟は木工関係の就職を希望しています。来年弟も就職となるとライバル関係なので負けたくありません。弟には私ができる事をして少しでも何かを助けたいと考えています。来年がとても楽しみです。人はなんと自己中心的な動物か。そう思わざるをえない体験をした。それは、中学校でボランティア学習に行った時のことだ。横大路学園は京都のカン、ビン、ペットボトルが集められる所だ。そこに行った時、甘い、なんとも言えない独特の臭いがして驚いた。本当に臭かった。そんな所で三日間、手伝いをしたのだが、あまりの人の無情さに絶句した。手伝う内容はコンベヤーから流れてくるカン、ビン、ペットボトルを分けるという単純な作業だが、それらだけではなく、なんと包丁や扇風機、牛乳が発酵したヨーグルト状のもの、ゴキブリ、ときにはネコの死骸まで流れてきた。それをマスクをつけ、手袋を二重にし、取り除いていく。普通ならカン、ビン、ペットボトルしか流れてこないはずなのに…。それにさっき述べた臭いのことだが、十五年間の臭いらしい。一人一人がしっかりカンなどを洗えば、無臭で、作業をしている時に失神しそうになるくらいの臭いにはならない。このようにゴミ一つでも最悪な状態なのである。決められたことはしなければならない。考えてほしい。自分がしっかりしなければ、誰かが苦労をしているということを。もし、あなたが、ルールを守ってなければ、一度こういう場所に行くことを勧める。そうすれば、今まであなたがしてきたことが、いかに他人に迷惑をかけてきたか、わかるだろう。「うっさいねん!!もーほっといてーな」毎日毎日、呪文のように繰り返す言葉。毎日毎日イライラする自分。私は毎日のように祖母と言い争いをしている。それもとても小さくてささいなことで。祖母は私のことを思って、色々としてくれる。すごく助かってる。でも実際は「そんなんしんでいーねん。よけいなお世話やし。」と言ってる自分。いつも言った後に後悔している、みじめで情けない自分がいる。いつからこんな自分になったんだろう。小さい時、「私が大きくなるまで、おばあちゃんずっといてなぁ」と言った気持ち。今でも忘れてない。でも実際は、祖母を傷つけるようなことばっかり。こんな自分が嫌だった。ある日、手術をした祖母の足が急に痛みだした。「痛い」しか言わない祖母。こんな祖母を見たのは初めてだ。気がついたら一生懸命祖母の足をさすってる自分がいた。祖母はその時、ずっと「ありがとう。ありがとう」ってささやいてた。やっと本当の気持ちを出せた気がする。祖母の言葉に「うん」と答える自分。この日のことは今でも忘れてない。「うっさいねん!!」とどこかで聞いたことのある言葉。今日もこの言葉を言ってる自分がいた。祖母も負けじと言い返す。いつまで続くかわからない争い。でもあの日、ちょっとは本当の気持ちを出せたから、いつかは素直な自分になれる時がきたらいいと思う。今はちょっと無理やけど、そんな日が来るまでごめんやけど待ってて。おばあちゃん。私は小学生の時、一生忘れられない経験をしました。小学生の頃は人の悪口の話題でよく盛り上がっていました。私もみんなと仲良くしたいし、自分が悪口を言われたくないという思いから、つい一緒に悪口を言っていました。ある日の放課後、友達と下校していると校門の所に他の友達が集まっていたので私たちもその輪に加わりました。彼女たちの話題はやっぱり「悪口」でした。彼女たちのうちの一人がAさんの悪口を言って周りの私たちはおもしろがって聞いていました。ふと振り返るとAさんが聞いていたのです。私はドキッとしました。その後Aさんは学校の近くの川にひざぐらいまでつかっていたのです。私たちは慌てて呼びましたが、そのままAさんは動きませんでした。次の日学校で私たちは先生に呼ばれました。話の内容はやはり昨日の事でした。昨日私たちが帰った後Aさんは腰ぐらいまで水につかっていたということを聞かされました。私たちはその瞬間、自分たちのしたことの酷さを知り泣き出しました。その後Aさんに謝りに行き、許してくれたもののAさんの心に一生消えないであろう傷を残してしまったことは悔やんでも悔やみきれません。この日私は、悪口は絶対言わないと心に決めました。それと同時に命の尊さを知りました。誰にでも忘れられない言葉というのはあると思う。傷ついた言葉、嬉しくなった言葉、元気が出た言葉、色々あるだろう。17年生きている私にとって忘れられないのは友人が書いてくれた「カッコイイ」という言葉……。当時、まだ中学生だった私はある事が原因で、仲の良かったグループから孤立してしまっていた。内気な性格ということもあり、一人で居ることも多くなった。でも本当はとても辛かったし、毎日が嫌だった。そんな時、今まで話したこともなかった子が、手紙をくれた。それを読んで私は驚いた。その子は、「グループでいる時は、自分を作ってしまう時があって、嫌だ」。それに対し19倉敷翠松高等学校(岡山県)佐藤真紀さん私の弟大阪朝鮮高級学校(大阪府)金美玲さん5文字の効用京都学園高等学校(京都府)杉本晴信さん社会のルール京都府立京都すばる高等学校(京都府)竹田佳織さん本当の気持ちと実際の行動大阪府立長野高等学校(大阪府)田中紀子さんひとこと熊本学園大学付属高等学校(熊本県)田尻絢さん「悪口」