17歳からのメッセージReport2004

17歳からのメッセージReport2004 page 14/40

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17歳からのメッセージReport2004

銀賞?17歳からのメッセージ[受賞作品集]??12とカナダの関係に疑問を抱きました。しかし、その答えを私は途中立ち寄った新戸渡ガーデンで見つけました。庭園の主、新戸渡稲造は外交官として活躍し、戦時中カナダの人々の日本に対する誤解を解くために尽力した人物です。彼の功績によってカナダにはたくさんの親日家がいて、また、今日の国際関係も彼の功績だと言われています。ボーダレス化の進む現代、私たちにとって海外旅行は特別なものではありません。そうなるに至るまでに、どれだけ多くの人々の努力があったか考えたこともありませんでした。しかし、彼らの功績について私達若い世代は感謝するとともに、まだ日本と国交すら無い国に対して友好の輪を広げることが大切だと思います。これから大きく変化していく社会で、私達若者は過去の偉大な人物の功績を再認識し、その意志を受け継ぎ、未来へと伝えていくことが大切な使命であると考えます。人間関係がうまくいかず、「もう一人になりたい」と思い、自分から人と話をするのを拒むことがあります。ふと気付くと、周りも気遣って僕に話しかけないようになり、自分からしたことなのにさみしさで一杯になり、どうすればいいのかわからなくなります。僕は、いやでも人とふれあわなければいけません。落ち込んであまり喋りたくない時も喋らなければいけません。なぜなら僕は、車椅子に乗っていて日常生活にも様々な介助が必要だからです。人に頼まなければ結果的に自分が困ってしまうのです。でもこういう状況の中でがんばってみようと思っています。人とのふれあいの中で自分がいる意味を見出せる、そんな気がするのです。僕にはカメラマンになるという夢がありますが、卒業後、活動に協力してくれる人がいなくて今とても不安な日々を送っています。僕にとって人とのふれあいは自分を強く成長させ夢を叶えることにつながる、必要不可欠なものです。表面的には介助をしてもらっているということが、「してもらってばかりだ」と僕自身を落ち込ませることもあります。でも、同時に、ありがとうと感謝する気持ちを伝えることで相手の心を支えることが出来るのだと思います。私は母に似ているとよく言われる。そんな母は決してきれいではない。さらに私は太っていてまるで”ブタ“みたいだと小さいころ、よくからかわれた。そのたびに私は自分が恥ずかしい存在だと思いはじめた。しかし、そんなことを知ってか知らずか母は私にむかってこう言った。「お母さんも昔はいろいろ言われて悲しかったけど、太っとるののどこが悪いんな!って胸張っとりな!」でも、当時の私は「絶対そんなこと無理」とどうしてもそんな風に考えられなかった。月日がたって高校に入った。まわりの子はみんなかわいかった。少しずつ化粧をしてみた。少しだけやせた。前よりちょっとだけ自信がもてた。昔言っていた母の言葉に共感できるようになった。ある時、母に言った。「お父さんとお母さんのいいとこだけもらえば、もう少しマシな顔になったかなぁ」すると母は、「そうかもしれんな。でもしょうがないな。生まれてきたもんでつきあわんと。恵美らしく生きな」整形したいと言ったこともある。しかし母は笑って「いいよ」と言った。母はきれいではない。昔はいろいろ言われたらしい。でも今の母は明るくておもしろくて人気者だ。私は母によく似ていると言われる。だから、私が母親になった時、母のような明るいお母さんになれるかもしれない。私は人とふれあうのがとても苦手だ。一人でいる時の方がおちつくし、なによりも気楽だ。大勢のうるさい中にいると、どうも落ち着かない。しかし一人でいる時、とても気楽なのだが、むしょうに寂しくなってくる時がある。別に友達がいない訳ではない。学校にいる時は誰かと一諸にいたりするが、帰る時などはたいてい一人だ。今まで一人でいた時の方が多かったので、それは普通なのだ。しかし、自分を含めた何人かでつるんでいる時、話の輪に入っていけなかったり、その中でも一人になってしまったりすると、とても寂しくなってくる。だれかに話しかけてもらいたい。だれかにかまってもらいたい。普段大勢でいるのはキライなのに、そういう時になるとそういう気持ちになってくる。話の中に入っていけなかったりすると、何故自分はここにいるのだろう。今自分がいなくなってもだれも気付かないのではないだろうかなどと思ってしまうこともある。一人でいる時と何人かでいる時は、私の気持ちは全くちがう。今は大勢でいるよりも一人でいる方が気楽でいい。でもそれは人付き合いが苦手だからそう思っているだけかもしれない。今はこれでいいかもしれないが、できることなら人付き合いをうまくしたい。私の家と隣の家との間には、背の高い生垣がありました。ある日、それを木のフェンスに変えようということになったのです。外観や日当たりをよくするのが目的で始まったこの計画は、もう一つ思いがけない変化をもたらしました。父が工事をしていると、隣の家のお父さんが、「今日は暑いですね。」「おっ、できてきましたね。」と声をかけるのが聞こえてきました。前よりも見通しがよく背が低いフェンスになってからは、父や母だけでなく私も、よく隣の家族と挨拶をするようになり、回覧板もポストに入れるのではなくフェンスの上から手渡しをすることが多くなりました。個人情報やプライバシーの問題がさかんに叫ばれる社会の中で、それらを守る役目のある生垣やフェンスはなくてはならない存在です。しかし、そうしたしきりが、人と人との交流の妨げになっていることも多いように思います。それはしきりがあるから悪いということではなくて、しきりを盾にして、心まで閉ざしてしまっているからなのでしょう。インターネットで買い物をしたり、少子化で親同士のつきあいが減ったりと、人との関わりが少なくなってきている今、一度心の壁をとり払い、一言「おはようございます。」と声をかけてみるだけで、思いがけず、人の心の温かさに触れることができるのではないでしょうか。毎週土曜日、祖母と一緒に耳鼻科へ行くと、よく幼い患者と出会う。私は、どちらかというと子供好きなので、その子に向かって手を振ったり、笑いかけたりする。子供達は恥ずかしがったり、物怖じせず、笑顔だったりと様々なのでおもしろい。ある日、後から来る祖母を待ちながら、自分の番を待っていると、隣に一組の父子が座っていた。三・四歳ぐらいの女の子が、こちらを見ていたので、手を振ってみると、恥ずかしいのか、父親の胸に顔をうずめて、時々こちらを見ていた。ちらちら見るたびに笑いかけたが、しばらくしてそれもやめた。別の小さな姉弟が来たので笑いかけると、その子達は、にっこりと笑い返した。そうこうしていたら、祖母がやって来て、先程の子供達の事を話すと、「アンタにも、そんな時期があったのよね?。」と言って、思い出話をし始めた。母の子育ての苦労話を聞いた後、「アンタも経験するんだよ。」と言われ、子供の大変さに少しとまどった。ふと目をやると、あの女の子が自分をじっと見ていた。すると、にっこりと無邪気な笑顔を見せた。その後、自分の名前が呼ばれるまで、私は子育ての苦労と喜びを考えさせられた。新潟県立柏崎養護学校高等部(新潟県)伊藤和則さん自分がいる意味を見出したい長野県下伊那農業高等学校(長野県)松澤恵美さん私の母親長野県下伊那農業高等学校(長野県)和地俊さん無題不二聖心女子学院高等学校(静岡県)津田香織さん心の壁藤ノ花女子高等学校(愛知県)麻野間詠美子さん子供観察の結果