17歳からのメッセージReport2010

17歳からのメッセージReport2010 page 29/44

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28 17歳からのメッセージ17歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞応募参加高校一覧て間違えた所を復習すれば次は解ける、友達とけんかをしたあとの仲直りは友情がさらに芽ばえる、試合での敗因を考えて練習すれば以前の自分より強くなれる、親に叱られればそれはしてはいけないと認識し、その中で基本的生活習慣を身につけることができる。そう考えてみれば失敗は無駄ではなく、恥ずかしいものではない。失敗は必要といってもいいだろう。成功した以前の自分、失敗した以前の自分もこれからの自分を築くのにはかかせないものである。そんな大切でかけがえのない以前の自分をやり直すなんてこと、僕にはできない。僕は以前の自分のしたことを無駄なことではないと信じ、これからの自分を築いていきたい。私のお父さん高知市立高知商業高等学校(高知県)中川里菜さん私は、お父さんが嫌いだ。いつも口うるさく叱ってくるし、いつも同じ話を何回も繰り返すし、私が買ってきて置いておいたお菓子を勝手に食べていることがよくある。「もうその話何回も聞いたって」や「何でまた勝手に食べちゅうが」というのが、お父さんとの日常会話になっていた。それでもお父さんは毎日のようにしつこく私に話し掛けてくるので、いつしかお父さんは私にとって父親ではなく、限りなく他人に近い存在になっていた。ある日、手洗い場で手を洗ってタオルに手をかけようとするとタオルかけには「お父さんだいすき」と汚い文字と簡単な線だけの人?が書かれていた。「お母さん、これ誰が書いたが」と聞くと「あんたが保育園の時に書いたがやろ」ずっとここに置いてあったタオルかけになぜ気付かなかったんだろうと思った。気を付けて家中を見てみると、父の日にあげた栓抜きや小物入れ、お父さんの似顔絵なんかがたくさんでてきた。お父さんは昔と変わらない気持ちでいてくれるのに今の私はどうだろう。自分の父親をうっとうしく感じ、家族よりも遠い存在に置いていた私。そう思うと昔から私や姉妹のワガママはいつもきいてくれたし、怒る時はみんな平等に怒っていた。今の私が居るのはお父さんのおかげだ。その日から勝手にお菓子を食べられても「お父さん、それおいしかったろ」と笑って言う私がいた。紙一重な感情高知市立高知商業高等学校(高知県)山本奈津美さん自分への理解は割と得意な方だと思っていた。他人への理解よりはずっと簡単なはずだと言いきかせているからである。自分に悩みができた時に〝どうすればいいか?ではなく〝どうしたいか?をまず考え、その考えを主とした行動は世間に通用するのかをイメージし、解決していくのである。そんな私の過去の悩みが〝周囲との距離感?である。決して周囲の人間が嫌いな訳ではない。相手を傷つけてしまうのが怖いのである。好きである、大切であるが故に。自分の一言で相手が傷ついてしまうのではないかと考えると、きれい事しか言えなくなる。でもそれでは相手のためにはならないのではないか。踏み込むべきか現状維持なのか、自分がどうしたいのか分からなかった。ある日の放課後一人の友人が私にこう言った。「何でそんなに悲しそうに笑うが?泣いていいよ。」私はそんなつもりは全くなかった。でも緊張感がとけたのか、制服のリボンに涙の染みができた。きっと相手のことを知ろうと気を張っていた反面、自分は相手に知られていなかった事が寂しかったのかもしれない。でも自分が思っている以上に相手は私のことを知っていた。距離感なんて考えている事が間違っていたのだと今は分かる。これからは悩みを笑い飛ばせるくらいの強さが欲しい。「いつでも全力な自分に」佐賀県立伊万里高等学校(佐賀県)宮川結実子さん私はスポーツ選手が大好きだ。彼らはいつも自らを厳しい環境におき、いつも己の限界を目指している。そして彼らはきまって「自分に厳しくあることで強くなれる」と言う。私は思い、そして憧れる。だからこそ彼らは、強く、大きく、誇らしくいられるのだ、と。私にはこんな経験がある。体は部活でへとへとになって、それでも課題は全然終わらなくて、何でこんなにきつい思いをしなければならないんだと思い、涙をこぼしながら課題をするのだ。しかし私は、そのたびに自分の限界はもっと先にあるはずだと思う。私は、毎日の生活で、倒れるくらいに全力を尽くすことはほとんどない。それはできないから、する必要がないから、ではなく、めんどくさいから、後のことを考えると大変だからである。しかし、そこで終わってしまっては変わらない。それでは、何事も成功はありえない。一流と三流の違いはそこだと思う。私たちは心の中ではきっとわかっている。毎日毎日少しずつでも頑張っていけば、いつか実を結ぶと。しかし、実践する前に己の心に負けてしまうのだ。私はこれから、「いつでも全力である」を目標にして、精進したいと思う。そうすれば、毎日の小さな積み重ねがいつか自分自身の誇りになるだろう。私を支えた言葉長崎市立長崎商業高等学校(長崎県)末永眞子さん飽きっぽくて何をしても長く続かない私が唯一続いているのが柔道だ。中学校から始めて六年目になる。何故ここまで続けてこられたのか、その理由は膝の手術をしたからだと私は思う。高校に入学してすぐ怪我をして、翌年の初めに手術をした。手術は無事終わったのだが完治まで十ヶ月かかると言われた。私は柔道を辞めようと思っていた。入院中そんな事ばかり考えていた私に、一本の電話がかかってきた。顧問の先生からだった。先生には私の考えている事がお見通しだった。「辞めるなよ。一生懸命やったらいい事あるぞ。」今まで何度も耳にしたことのある「一生懸命」という言葉が、何故かこの時だけは頭の中から消えなかった。一ヶ月程で退院して、リハビリに通いながら練習にも顔を出すようになった。今までは練習する側だったので、外から見てみて気付けたことがたくさんあった。ふと、「一生懸命」という言葉を思い出した。今では膝も完治し、毎日柔道をしている。怪我をする前より何十倍も真剣に取り組めている気がする。それは先生の言葉のおかげでもあり、周りの人に支えてもらったからでもある。自分が経験したからこそ、次は私が誰かを支えていきたいと思う。そして一生懸命何かするという事は素晴らしいのだと伝えたい。