17歳からのメッセージReport2011

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22 17歳からのメッセージ17歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞応募参加高校一覧「こっちゃん、お母さんのこと好きやろ?(笑)」お母さんが言う。「はい?何を急に(笑)」私は答える。でもいつも心の中では「当たり前やん。」って答える。長崎県立小浜高等学校(長崎県)石﨑愛子さん笑顔のわけ「何、これ?」ある日の昼休み、私が弁当を取り出すと、ふたに一枚のふせんが貼ってあった。そこには「お誕生日おめでとう!いろいろと大変だけど頑張って」と書いてあった。その日は私の誕生日だった。その頃、忙しさと悩みで疲れていた私は、久しぶりに笑顔になっている自分に気づいた。母がふせんに書いたのは、口に出すのが照れくさかったのかもしれない。本当に母らしいなと思った。これをきっかけに何かあると私の弁当には、ふせんがついてくるようになった。例えば、悩み事があって私が落ち込んでいたときは「負けるな!ファイト!」と書いてあって、私がバス停に弁当を置き忘れたときは、「ドジー何あわててたんですか?カラスに食べられんでよかったね。」なんて書いてあった。そんなふせんたちを見るたびに、私は泣いたり、笑ったり、友人からは「友達みたいだね。」って言われた。それがなんだかうれしかった。口に出すことはなかなかできなくても、紙に書くと不思議と素直になれる。最近あまり話す時間がない、母と私をつないでいたのは、ふせんなのかもしれない。そして、それが私の元気のもとなのだ。このように支えてくれる人がいることは幸せだと思う。私も母のようにさりげない心づかいができる人になりたい。長崎県立小浜高等学校(長崎県)佐藤ひかるさん私の町私は、長崎県の島原半島にある小浜という町で生まれ育った。キラキラ輝く海と豊かな緑、心と体を癒やす温泉に恵まれたこの町が、今では私の誇りだが、以前はあまり好きになれなかった。私鉄のバスしか交通機関はなく、買い物を楽しむようなお店も一つもなく、高校生の女子にとって魅力はまったくなかった。ところが、ある日の下校途中、いつもは気にもしない夕日が目に飛び込んできた。大きくて真っ赤な夕日が、周りのもの全てを赤く染め、海にも照り映えて海面に夕日の道をつくっていた。そして海とつながったまま沈んでいった。私はしばらくの間茫然として立ちすくんでいた。こんなにも雄大で、堂々とした夕日があったんだ。全てを優しく包みこんで、見る人を素敵な笑顔にする夕日を、私の町から見られるんだ。退屈で単調な毎日の中で、ふと顔を上げた時見えた、私の町の素晴らしい一瞬。私はこの町に生まれてとても幸せだと感じた。私は来年高校を卒業して、この町を離れることになる。この町を好きになった今、離れることはとても寂しい。だから、私が帰ってきた時は、美しく壮大な夕日に迎えてほしいと願っている。そして、遠い町で知り合うであろう人たちに、この夕日を見せて、私の町の自慢をしたいと今から思っている。長崎県立小浜高等学校(長崎県)藤本拓海さんじゃがいも掘り先日、祖父の家に久しぶりにじゃがいも掘りに行きました。三年ぶりぐらいだったのでなぜか緊張していたような気がします。祖父母は朝の六時から作業をしていたそうで、私が行ったときにはもうじゃがいも掘りをしていました。すぐに手伝い始めました。じゃがいもをコンテナに入れる作業を手伝ったのですが、昼までのたった三時間でとても腰が痛くなりました。この作業を二十年もずっと続けている祖父母に感動しました。昼になり、祖母が作ってきたおにぎりを三人で畑で食べました。塩おにぎりでしたが、いつも食べるおにぎりより美味しく感じました。そのうち、私が小さい頃の話になりました。私は両親が共働きで祖父母に育てられてきました。保育園の送り迎えや、病気で病院に行くときも祖母がついてきてくれました。そのうち祖母が「苦労して孫を育ててきて、大きくなって手伝いに来てくれるだけでうれしかぁ。」と言いました。その言葉を聞いたとき胸が熱くなりました。愛情を注いでくれた祖父母への感謝、年老いていく祖父母のこれから、そして私は祖父母に何ができるのか、いろいろな思いがこみあげてきて、不覚にも涙がこぼれそうになってきました。成長してからはたまにしか顔を見せない孫をいつもあたたかく見守ってくれる祖父母にどれだけ感謝しても足りないくらいです。来年も再来年も、ずっとじゃがいも掘りに行くからね。長崎県立佐世保商業高等学校(長崎県)志水香惟さんありがとうの気持ち毎年春になると、祖父母は私たち家族に自分の畑で採れた玉ねぎをたくさん分けてくれる。私は中学生の時までそのことをありがたいとも思わず、ただ当然のことのように感じていた。ところが、あることをきっかけに、その考えが大きく変わった。私は高校生になったばかりの休日、祖父母の体調不良のため、初めて玉ねぎの収穫作業を手伝うことになった。私は、ハサミで根と葉の部分を切るという作業を任された。それを聞いた時、私は「簡単そうだ」と思った。しかし、実際は中腰の姿勢がずっと続き、思っていたよりはるかに辛い作業だった。作業中に「もうやめたい」と思うことも何度もあった。そんな時、ふとある思いが湧き上がってきた。それは、祖父母に対する感謝の気持ちだった。「今まで私たちのために辛い作業をして玉ねぎを育ててくれて、ありがとう。」祖父母の苦労を身をもって知り、私は心の底からそう思った。この玉ねぎの収穫作業が終わった今も、いつものように祖父母の玉ねぎを使った料理が食卓に並ぶ。けれど、今までとは違い、そこには祖父母に対する感謝の気持ちがあった。これからも、収穫作業を通して知ることができた農業の大変さや、祖父母への感謝の気持ちを忘れずに、毎日おいしい祖父母の玉ねぎを食べようと思う。