17歳からのメッセージReport2012

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10 17歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞応募参加高校一覧17歳からのメッセージ日常生活が出来るくらいまで動かせます。でも、左右のバランスが悪かったり、手の平を上に出来なかったり、不自由な点もいくつかあります。そして、その不自由が原因の嫌がらせがけっこうありました。小学校では、肩が原因でいじめがありました。初めは、クラスの一部の男子のからかいでした。それが男子全体からクラス全体まで広がり、小学三年生になる時には、名前を知らない上級生にまで言われるようになりました。口で悪口を言われるだけなら良かったけれど、今まで仲の良かった人も向こうに加わり、一緒になって笑っていた時は辛かったです。そんなこともあったので、今は、誰一人として本音を言える人がいません。もちろん家族にも「大丈夫」と嘘を言って本音を言っていませんでした。私は完全に心を閉ざしてしまいました。今、高校に入って自分の過去を知らない人がたくさんいて、仲の良い人も出来ましたが今だに自分のことを言っていません。もし言ってしまえば、自分を見る目が変わるかもという恐怖がありました。でも、自分のことをもっと知ってほしいという気持ちもありました。これから三年間、同じ時間を過ごすので、もっと周りに心を開いて明るく接する自分になれるようになりたいです。京都市立堀川高等学校(京都府)井関洋子さん七月の笹かざり私は祖母が大好きだった。小さい頃よく子守りをしてくれたのもお風呂やさんに連れていってくれたのも祖母だった。そんな私が中学生になったある日のことだった。祖母がデイサービスから七夕の笹かざりをもらってきた。そしてその笹かざりを父が家の前に飾った。学校から帰ってきた私は「なんでこんな物を飾るのだろう。もう中学生なのに恥ずかしい」と思ってしまった。その私の気持ちをおそらく祖母は察したのだろう。「こんな物嫌やんな。ごめんな。」と申し訳なさそうに言った。結局笹かざりは片付けられた。それから一年後祖母は亡くなった。遺品から祖母が書いていた日記を見つけた。毎日私のことが書かれていた。「今日は元気がない」「怒られてかわいそう」それを読んで真っ先に頭に浮かんだのは七夕の日のこと。こんなにも私のことを思ってくれていたのに、祖母を傷つけた。「ごめん」を言おうと思ってももう祖母はいない。あの時こうしておけばよかった。と後になって思っても、もう手遅れ。後悔をしないために私は今、相手の気持ちを考え、言葉や態度を選ぶ努力をしている。私は祖母に大切なことを教わった。だから「あの時こうしていれば」「こうしていたら」の「たられば」を一つでも少なくしていきたいと思う。京都市立堀川高等学校(京都府)田中悠介さん二番目の母「二番目が一番良い。」その言葉は、胸に響いた。試合に負けた翌日、いつものようにおばあちゃんの家に向かった。「おはよう。」と朝刊を持って言う僕に、「おはよう。今日も新聞ありがとう。」とおばあちゃんは言って、10円玉を私の貯金箱に入れてくれた。机の上にはいつものように、朝食とは思えないくらいの豪華な手料理が並んでいた。「昨日の試合は残念やったね。」と言うおばあちゃんに向かって、「勝たな意味ない。」と怒り交じりに言ってしまった。負けず嫌いな私は、反論せずにはいられなかったのだ。何事も無かったかのように朝食を終え、食器を片付けようと立ち上がったその時だった。不意を突いたかのように、「二番目が一番良い。」と一言だけおばあちゃんはつぶやいた。いつもの私なら反論していたはずなのだが、その時は違った。私は瞬時に悟った。その表情の奥には、私と同様に悔しさや、悲しみがあることを。試合の前日は私の食事に気をつけたり、私が載った新聞記事を本に貼ってくれたりするおばあちゃん。だからこそ悔しがっているにきまっている。「一番だけが全てだ。」と考えていた私に、また違う考え方を与えてくれたのだった。そして、その言葉を聞いてから急に、肩の荷が下りたように体が軽くなった。私はうつむいていた顔を上げ、食器を持って前を向いて歩き始めた。京都市立紫野高等学校(京都府)木下寛菜さん引き出せない引き出し私の机の引き出しの中には小さな銀行がある。六年前菓子箱から設立。貯金の引き出しはしないとその時決めた。お金の入っている封筒には毎年度の合計が書かれていて、それによると貯金を始めたのは平成十六年、小学六年の時。当時の小遣いは確か七百円で、その内五百円を貯金していた。一年間で六千円たまった。私の家では学年があがるごとに百円ずつ小遣いが増えたので、私の貯金も毎年百円ずつあげることにした。余ったお金を追加で貯金する月もあり翌年は一万三千円、翌々年は二万四千円と徐々に増え、去年ついに合計金額が十万円に達した。少しずつためていたものは、気付けば大きなものになっていた。嬉しくて思わず母に報告すると、驚きながら「すごいね。」と褒めてくれて、すごく誇らしい気持ちになった。記念に、と母からの千円で本当の銀行に一緒に私専用の口座を作りに行った。印鑑もキャッシュカードも通帳も全て私が管理するのだ。なんだか少し大人になった気がした。預金専用口座なので、この先働く時にはまた新たに口座を作らなければならない。でも、他にどれだけ口座を作っても、私は毎月少しずつの預金をこの口座に忘れずにしていこうと思う。私の机の引き出しの中には小さくて立派な銀行がある。箱の中の通帳はこの先ずっと、私にお金の大切さと、続けることの偉大さを教えてくれるだろう。京都市立紫野高等学校(京都府)村山歌菜さんおばあちゃんおばあちゃんはとても口うるさい。一緒に住んでいると尚更そのうるささが気にかかるし、つかれるなと感じる事も少なくなかった。普段から文句も人一倍言う上に、人の話を全銀賞