17歳からのメッセージReport2014

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2717歳からのメッセージ2717歳からのメッセージ17歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞応募参加高校一覧てしまい、大失敗してしまった。その後とても落ちこんで英語を使うことも避けるようになった。数か月後、友達に誘われて日本に留学している学生の日本語スピーチを聞く機会があった。彼らの日本語には多少間違いもあったが心からメッセージを伝えようとしている姿、そして彼らの物の見方や努力に感動した。そしてその時私は、英語を学んでいることがどんなに刺激的で幸運であるかということに気が付いた。同時に自分のミスしか考えていなかったことをとても恥ずかしく思った。間違いをした時こそ、何か新しいそして興味深いことが発見できると思うようになった。失敗は学ぶチャンスなのだ。私たちは、完璧でないので、努力をして、コミュニケーションをしてお互いを高めることができるのだ。あの時以来「完璧であること」にこだわる私の態度は変わっていった。すると毎日が楽しく思え、色々なことに挑戦していきたいという気持ちも芽生えてきた。「不完全万歳!」京都府立桂高等学校(京都府)今井希美さん私と母の誕生日十八歳の誕生日、朝起きるとリビングの机の上に置き手紙があった。そこには「誕生日おめでとう。今日はみんな仕事やから明日お祝いしよな。」と書かれていた。その日は私もアルバイトが入っていて母も仕事だった。しかしそんなのは毎年のことで「お祝い」なんてものはあまりしてもらった記憶がなかった。こんな風に置き手紙があったことさえ生まれて初めてだった。やはり十八歳とはそれほど特別なのか。母には高校を卒業したら家を出るつもりでいると前から話をしていた。だから、こうして一緒に誕生日を祝えるのは最後だろうと考えていたのかもしれない。社会的な立場も大きく変化する十八歳。たった一日を境に、やっぱり何かが変わった。十七歳までの私ではダメなのだと思った。私も「大人」にならなくてはいけない時がきた、何かあった時、ちゃんと母を守れるように。手紙を読んだ時そう思った。驚きと嬉しさで涙が出そうになったのは秘密の話。私が十八歳になったと同時に母も「私の母」になって十八歳を迎えたのだ。だから私は「私と『母』の誕生日」を祝いたいと思った。大阪府教育センター附属高等学校(大阪府)三木百華さん母親高校に入るまで、私は両親のことがあまり好きではなかった。だから、両親を悩ませること、悲しませることを一杯してきた。朝起きて「おはよう。」と言われても、出かける時に「行ってらっしゃい。」と言われても、帰ってきた時に「お帰り。」と言われても、いつも無視ばっかりしてきた。兄弟の中で一番手がかかったのではないかと思う。何に腹が立っていたのか、自分でもわからないけれど、母親に話しかけられてもこのように無視したばかりか、時には暴力をふるったり、暴言を吐いたりもした。それを父親に怒られても、「綺麗事ばかり言って、何親面してんねん。」などと思っていた。高校生になって接客のアルバイトを始めた。店には子供から年配の方まで幅広い年齢層の客が来る。ある時、若いお母さんで、子供が騒ぐと頭を叩いたりする人がいた。あんな母親にはなりたくないなあと思う一方、自分もイライラしたらその母親のようにすぐ手を出してしまうのではないかなと思ったりもした。そんな時に思い出したのが私の母親のことだ。私がどんなに腹の立つようなことを言っても、決して手を出すようなことはなかったのだった。私は徐々に母親に対する見方が変わっていった。今は不思議なことに、そんな母親に憧れを持ち、尊敬するようになってきている。大阪府立泉陽高等学校(大阪府)田中梨蘭さん人生はカードゲーム私はずるい人間でした。正確に言えば、今もずるい人間です。幼い頃から父は家にいない人で、母は病弱な人でした。そのせいで幾度となく寂しい思いをしてきました。学校の友人の話を聞き、そこで初めて晩御飯を一緒に食べる父親が、そして学校から帰るとおやつを作って待ってくれている母親、そんな「普通」が世の中にあることを知りました。その寂しさがつもりつもって、いつしか心のどこかで両親を憎んでしまうようになりました。「どうしてもっと『普通』に生まれられなかったんだろう?」こんなことをいつも抱きながら生きてきました。ですが、先日古本屋でスヌーピーの漫画の本を見つけ、こんなセリフに出会ってしまいました。「手持ちのカードの弱さを嘆いたって仕方がない。そのカードでいかに上手に勝つかだ。人生もそうさ。」目からウロコ!まではいきませんでしたが、これを人生の指針にすれば少しは楽に生きれるかもと気づかされました。しばらくはまだ残念な人ではありますが私も人生をカードゲームのように楽しんで生きられる人になってみせます。大阪府立八尾翠翔高等学校(大阪府)桐畑彩音さん音楽への恩返し私の通っていた中学校からこの高校に進学した女子生徒は私一人だった。そのため入学当初はなかなか馴染めず、無理をして笑う日々が続いていた。そんな時、私を吹奏楽部に誘ってくれた子がいた。楽器の経験がほとんどなかった私だが、誘われるがままに吹奏楽部のクラブ体験に行き、音楽室のドアを開けると、そこは私の知らなかった世界が広がっていた。知っている楽器や知らなかった楽器。楽しそうに音楽を奏でる部員達がすごく生き生きして見えた。その瞬間から私は吹奏楽の世界に引き込まれ、そのまま吹奏楽部に入部した。トランペットを吹くことになった私は、がむしゃらに練習