17歳からのメッセージReport2016

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17歳からのメッセージ3617歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞応募参加高校一覧そんな高校二年生の秋、今までの僕からでは考えられないほどの大きな転機が訪れる。「生徒会長せんか。」部活動の監督から勧められた。本当に驚いた。僕はここでまた弱い自分と向き合う機会が訪れた。決断に時間がかかる。このままだと今の現状は変わらないと思い、思い切ってやることにした。それからの毎日は、本当に意味も内容も濃い学校生活が始まった。決断の連続の日々。色々なことが僕を中心に決まっていく。本当に決断には勇気がいる。二択で、採用する方より、捨てる方の価値の重さをすごく感じた。生徒会長をする前の僕では、感じるどころか想像すらできないと思う。このような体験をして、僕は少しずつ分かってくる。強い人間なんていない。ただ、自分と向き合い続けている人は、常に先頭を行っているということ。そして、何事も一歩前へ行くというのはすごく勇気がいるということ。その一歩の決断と勇気がどれだけ大変なことか僕はすごく分かる。僕はそれが分かるようになっただけでも成長だと思う。僕の人生はまだまだ続いていく。生きていると決断の連続だと思う。しかし、僕は他人の決断に至る勇気を認め合える人間関係を築いていこうと思うようになっていた。祖母と私岡山県立岡山南高等学校(岡山県)福光愛実さん高校生って子供なんだろうか。13歳の時、両親の離婚で父方の実家に住むようになって、小さい頃から祖母っ子だった私に祖母は母代わりになってくれ、今でも口うるさくあれやこれやと口出ししてくる。毎朝バス停まで行くのに「車に気を付けられよ。」と言ってくる。家からバス停までは歩いて20秒で着くのに。そんな祖母に私は毎日「うちもう17歳で高2よ。子供じゃないから黙っといて。」と言い返すと祖母は悲しそうな顔で微笑んでくる。自分で言うのもなんだが私はしっかりしていると思う。勉強もそこそこ出来るし部活にも精を出している。なのに必要以上に構ってくることにいつも疑問を持っていた。そんな時、家庭科の授業でライフステージを学び、高齢期は子育てから離れ、パートナーと死に対する心の準備をする時期だと学んだ。それを聞いた時、祖母に対して申し訳ないと思った。本当だったら祖父と老後を豊かに暮らしていただろうに毎日私の世話をして母代わりのために言いたくもないだろう小言を言ってくれる。私は必死に大人びてたけど、祖母からしたら私はまだまだ子供なんだと受け入れられるようになった。あと3年で20歳になるけど、まだまだ大人の世界は分からないし、自立してるかと聞かれてもまだまだと答えるしかない。だから祖母が元気な内に聞けることは聞いて高校生だから思うことや考えることに正直に向き合って子供から大人になったと認めてくれるまで、祖母に成長を見届けてもらいたい。広がった私の世界岡山市立岡山後楽館高等学校(岡山県)渡邊由依さんドキドキとワクワクで胸がいっぱいの朝を迎えた。なぜなら、アメリカの学校から高校三年生の男の子が、我が家にホームステイに来るからだ。私の家族は、ほとんど英語が喋れない。彼とコミュニケーションがとれるだろうか、楽しみだった気持ちは会う直前には不安になっていた。会った時の彼は、表情も硬く、そわそわしている様子だった。すると、彼は慣れない日本語で声をかけてくれた。緊張しているのはお互い様なんだと分かった瞬間、とても気持ちが楽になった。三泊四日という短い期間の中で、日本でしかできない体験をしてもらおうと思った。習字、神社への参拝、温泉に入ったりした。私自身も日本らしい物って何だろうと、考えるきっかけを得たように思う。私達の日々の些細な瞬間に、驚く彼を見て、文化の違いを肌で感じた。一緒の時間を、長く過ごせば過ごすほど、色々な話をしたくなり、つい日本語を英語風に話している自分がいた。たった三泊四日だったけれど、彼は私達家族にとってかけがえのない存在になっていた。この体験を通して、言葉が喋れなくても相手を思いながら話せば伝わること、相手が不自由に思うことは何かを考えて一緒に過ごすことの大切さを学んだ。さらに、語学力を身に付け世界を旅して、様々な国の人達と触れ合いたいと思った。描いた夢に向かって広島県立千代田高等学校(広島県)大前陽彩恵さん自分の進む道は正しいだろうか。そう問いかけてみるけどきっと正解はないのだろう。というかやってみなければ分からない。自分から行動を起こさないことには何も始まらないのだ。思い返してみると私は夢を追いかけることが不安で仕方なかった。まだ見ぬ先に不安を抱いては自ら動けなくしていたし、このままでは駄目だと思いつつもどうして良いか分からず焦燥感が募るばかりだった。しかし、そんな戯言は甘えでしかないのだろう。行動さえ起こさずにただ不安という暗闇にいた今までの私のもったいなさを痛感する。夢を追うということは多分、夢への知識を増やすことだと思う。たくさんの物事に触れながら夢を選択するための知識のすきまをうめていき、そうやって可能性は広がるものだろう。人生に無駄なんてなくて、どんな経験も糧になる。私はもっともっといろんなものに出逢って経験を積むと共に、自分の視野を広げていきたいと強く思うようになった。答えは分からないし、未来は決まっていない。迷いや不安もあるかもしれない。でも、だからこそ面白いのだと思う。ひとつひとつのことに向き合って今を生きた先に何があるのか、自分だけが見る新しい世界が本当に楽しみだ。不安というものも努力をつき動かす原動力に変えて、これからも夢に向かって走り続けたい。必ず叶える私の夢広島県立広島工業高等学校(広島県)板倉侑哉さん私は、将来の夢を必ず実現させます。したいな、なれたらいいな、ではなくて実現させるんです。こう考えるようになったのは、中学三年生の時でした。保健体育の先生に、お前は将来何になりたいのか、どんな職につきたいのかを聞かれ、私は野球で飯を食べて行けるようなくらいの一流プレイヤー