17歳からのメッセージReport2017

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応募参加校一覧17歳からのメッセージ1217歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞たいと思い、今は必死に福祉の勉強だ。小さい頃から楽しませてくれたひいおばあちゃんには感謝をしている。次は私の番だ。介護福祉士になれなくても、会いに行き、忘れてしまっても素敵な思い出をつくってあげたい。妹に嫌われてしまった。理由は単純明快で、私が妹のプリンを食べてしまったからである。腹を空かして帰ってきた私を冷蔵庫の中で待っていたのは彼だった。実に美味しかった。プリン君の所有者が妹だという事を知ったのは彼を亡き者にした翌日の事だった。学校から帰ってきた途端妹がすごい剣幕で私を罵った。何を言っているのかよく分からなかったが、妹が怒っている事だけは理解できた。妹が私をひどく悪者扱いするのが気に入らなかった。そこまでして食べられたくなかったら名前でも書けばいいのに。実はこういうトラブルは前にもあって、私は妹のスイーツを何度か食べている。いわば常習犯である。その時も妹は名前を書いていなかったので悪いのはお互い様という事になっている。それなのにいつもより怒っているのは何故か、理解に苦しむ。激怒した理由は母から聞いた。なんでも、中々手に入らない1つ500円のプリンらしく、誕生日に友達から貰った物らしい。そんな良い物なら尚更名前書けよと思ったが、それよりも罪悪感の方が強かった。高級プリンちゃんは買えなかったが、幾つか他のスイーツを見繕って妹にプレゼントした。妹はすぐに機嫌を直してくれた。現金な奴だなと思ったが、美味しそうにプリンを食べる顔がとても幸せそうだったので、これはこれでアリかなと思いました。食べちった。愛知県立名南工業高等学校(愛知県)加藤圭也さんも関わらず、ずっと大変そうに立っていた。上下左右に大きく揺れる中、私は「ここ、座りますか?」と声を掛けた。しかし、「ありがとう。でも大丈夫です。」と言われた。なぜ断られたのだろう、辛くはないのだろうかというモヤモヤした気持ちが残っていた。数日後、その疑問を解くために調べることにした。いろいろ見ていく中に、「子供が外を見ていないと機嫌が悪くなる」や「親は座りたいが、子供が酔ってしまう」など、自分が今まで知らなかったものが次々と出てきた。これを見て私は、悪いことをしたな、と思った。相手からすれば、断りづらかっただろう。これらを通して、人とコミュニケーションをとるときは相手のことを知っておく必要があると考えた。人助けに限ったことではない。これから自分が社会に出たときの就職先、そのまた向こう側の人間。今の時代、バスや電車に簡単にのることが出来る。私達にはこれからのことを考える機会が何度も与えられているのだ。そのひとつひとつを無駄にせず、新しい親切を身につけていきたい。「おばあちゃん来たよ!」そう言って私は扉を開く。私には今年で104歳になるひいおばあちゃんがいる。3年程前に体調が悪化して、入院することになったが、今では回復し、特別養護老人ホームにいる。毎日会いに行くことはできないが、週に2、3回程会いに行く。おばあちゃんは認知症で私のことはよく分かっていない。私の顔をじっと見つめ、「お前さんはどこの娘だ?」と言う。「ともだよ!ひ孫だよ。」と言うとニコッと笑い、「そうかそうか、ともちゃんか。」と言う。この会話が10分に1回程ある。でも私は嫌だと思ったことが一度もない。なぜならニコニコしているからだ。ひいおばあちゃんだけではない。そこの施設にいるお年寄りの方全員ニコニコしている。体操をしたり、レクリエーションをしたり、カラオケ大会を通して、コミュニケーションを大切にしているのを見て、私は介護福祉士にあこがれた。たくさんの人を笑顔にさせてあげたい、楽しませてあげおばあちゃんと私愛知県立古知野高等学校(愛知県)梶原朋さんあなたに見えている景色は何色ですか。情熱の赤色ですか。現実味を帯びる青色ですか。全てがハッピーな黄色ですか。僕の見える景色には色はついていません。はじけるようなオレンジ色も、落ち着いた雰囲気の茶色も大好きな緑色も、僕には見えません。かつて僕の景色には色がついていました。恋情のピンク色や妖ようえん艶さを表す紫色、何か神秘さを感じさせてくれる水色、清潔さを表すような白色も、様々な色が見えていました。景色が喧騒の色を帯びていました。なぜ、僕の景色は色をなくしてしまったのでしょうか。それは、今思うと「自分を捨ててしまった」からだと思います。年齢を重ねるたびに私たちは「協調性」を重んじなければなりません。僕はその協調性に呑み込まれました。それに伴い、僕の色は段々と褪せていきました。今では見える景色は灰色です。まるで無の空間に閉じ込められたかのような気がします。僕は変わりたいと思います。協調性の中で生きなければならないことは明白なので、その中で自分を主張できるようになりたいと思います。そして、本来の景色の見える自分に戻り、これからの人生、精一杯生きたいと思います。私には気になっていることがあった。道を教えてあげる人はよく目にするのに、バスや電車内で席を譲ろうとする人が少ないということだ。私が初めて声を掛けたのは学校から帰るバスの中だった。小さな子供を抱きかかえた女の人は、優先席があいているに色宮崎県立宮崎商業高等学校(宮崎県)久家裕也さん人とのふれあいの中で…テーマ2親切とこれからを考えて北陸学院高等学校(石川県)風間響さん