17歳からのメッセージReport2017

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応募参加校一覧17歳からのメッセージ1417歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞さんいた。このことは、中国で実際に生活して自分の目で見ないと気付くことができなかった。周りの情報に流されるのではなく、自ら経験して考えることが大切なのだと学んだ。これからも中国で過ごす時間を大切にして、たくさんの人と関わり色々な経験をしたい。「次の人のことを考えて」「もし自分だったら」「自分と人を置き換えて」…ベランダのスリッパや、玄関で靴を揃えない時、洋服を裏返したまま洗濯に出した時…日常の様々な場所で、母はその言葉とともにブツブツと小言を言う。それは、行儀の善し悪しよりも、自分と自身を取り巻く人・もの・ことを、より深く意識しなさいと言う意味だということが、最近少しずつ分ってきた。私の母は、高校二年十七歳の秋に、突然、祖父を亡くした。自死だった。既に七歳の時に、祖母を癌で亡くしていた母は、兄と二人きりになった。通夜の晩、母が通っていた高校の担任の先生が、弔問に訪れて「学校はお辞めになりますか。」と問うた言葉が、暗闇から更に突き放されたようで辛かったと言う。葬儀を終え、登校した初日、母は一人のクラスメートから一週間分の授業ノートを受け取った。彼女もまた、その一年前にご兄弟をスキー事故で亡くしていた人だった。「私の時、ノートなくて困ったから。」深い失意の底にいた母に、手を差し伸べてくれた言葉と行動だったと、今も思い出しては私に言う。「次の人のことを考えて」「もし自分だったら」「自分と人を置き換えて」…その言葉は、母の経験から裏打ちされた私の心の道標だ。今年、私は高校に入学した。この「心の道標」とともに、歩んで行きたいと思う。今、これだけは言いたい!(自由課題)テーマ3母の小言と心の道標日本橋女学館高等学校(東京都)上田カニーズ編奈さん運転手さんと出会った。その日はテスト前であり、気分も沈みかけていた。私が、小さな声で「ありがとうございました。」と言って降りようとした時、運転手さんが「いってらっしゃい、がんばってね。」と言ってくださった。今までなかったことに私はびっくりした。「あ、はい。」と言って私は降りた。その瞬間沈んでいた気持ちが太陽に照らされたように明るくなり「がんばろう」と思った。それから、その運転手さんのバスに乗るたび友達と、「今日『神対応さん』だったね。」と言っている。2年生になりバス通学も残り1年半になる。毎日降りる時にしっかり運転手さんに聞こえるようにあいさつをしている。もし、卒業直前にその運転手さんに出会ったら「3年間ありがとうございました。」と言って感謝を伝えたい。そして、私もその運転手さんのように誰かを笑顔にできるような仕事につきたい。私は昨年日本から中国の上海へ引っ越しをした。中国には今まで行ったことが無かったため、私はどのような国なのか全く分かっていなかった。そして中国に来て五ヶ月、日々生活を送る中で、少しずつ中国という国がどのような国か分かってきた。ある日地下鉄に乗っていると、一人の中国人の女性から話しかけられて、席が空いたことをジェスチャーで教えてくれた。またある日は落とし物をした時に男性が拾って持ってきてくれたこともある。中国の人は、人と人との距離が近いのだと思った。全く知らない人にも親切にできるのである。日本の人は、知らない人に話しかけることに遠慮してしまうことがあるが、中国の人は良い意味で遠慮が無くてフレンドリーだ。その気持ちが私は嬉しかった。知らない人同士、また生まれた国が違う人同士でも、こんなに相手に親切にできることは素晴らしいと思う。日本では中国について様々な報道がされているが、それはほんの一部だ。中国にはもっと温かくて素敵な人たちがたく自分の目で見て考える上海日本人学校高等部(中国)澤畠凜さん「お父さんお母さんは何の仕事してるの。」「うち母子家庭なんだ。」「あっ、ごめんね。」初対面の人とうちとけて話すとき、幾度となく繰り返してきたこのやりとり。「ごめんね」この一言にどんな思いが詰まっているのか。簡単に想像できてしまう。「ごめんね」の四文字はただの謝罪ではない。「ごめんね。」と言った人から、私の胸の中にたくさんのメッセージが流れ込んでくる。「傷つけてしまったかな」という気づかい。「言いたくないことを言わせてしまった」という後悔。「母子家庭かわいそう」という哀れみ。私が受けとる声にならないメッセージは、実に様々である。「ごめんね」の四文字から、「かわいそう」の五文字を読みとったとき、私は何となく、もやっとしてしまう。私は自分が母子家庭であるということに、何の不自由も不満もない。母の愛情がたしかに私に伝わっているからだ。自分を「かわいそう」だとは思っていない。だからみんなに、この気持ちを知ってほしい。「ごめんね。」と言わないで。私は高校に入学する時に引っ越して、今はバスで学校まで行っている。1年生の最初の頃、バスを降りる時に運転手さんに「ありがとうございました。」と言ったことがある。しかし、その運転手さんは返事もせず、えしゃくもせず少し私は嫌な気持ちがした。それからというもの、私自身もあいさつをしたり、しなかったりとなっていた。1年生も折り返し地点になった2学期のある日、すてきなごめんねと言わないで宮崎県立五ヶ瀬中等教育学校(宮崎県)河野瀬里さん「神対応さん」宮崎県立宮崎北高等学校(宮崎県)牧朋奈さん