学長・野風草だより

No.253

No.253 2012年8月5日(日)

歌う生物学者が語る21世紀の文明

 プロジェクトいのちの集まりで、8月4、5日と京都府美山町の茅葺きの里で泊りけの研究合宿をしました。今回のゲストは、『ゾウの時間 ネズミの時間』 (1992中公新書)で有名な生物学者の本川達雄東京工大教授です。昨年の遺伝子学者の村上和雄筑波大学名誉教授に引き続き(野風草だよりNo.124)、最先端の研究者から「いのち」にかかわるお話を聞き、意見交流をするのが目的です。とても楽しく有意義な2日間でした。こうした幸せな時間を持てたことを、本川先生はじめお世話いただいた皆さま、そして語り合った仲間たちに感謝します。
  本川先生においでいただこうと思ったのは、私が昨年秋のゼミで本川先生の『生物学的文明論(2011 新潮新書)を読んだのがきっかけです。「科学は基本的に質を扱わないものです。量だけで考える。すると数式が使えて、きわめて客観的にみえる学問になって いきます。理科系だけではありません。経済学もそうです。すべてのものは同じ質であり、違いは多いか少ないかだけ、つまり価値を測るものさしは、ただ1 本。すると、量の多いほうが豊かだ、より良いのだ、という価値観になりやすいのですね。」
 「現在の経済学は、ニュートン力学の枠組みを経済現象 に持ち込んで考察するものです。経済学の時間は物理的な絶対時間であり、時間が変わるとか、時間は操作可能、というような見方はしません。しかしこれはず いぶんと狭い、かたよった見方だと思いますね。時間が変わるという見方をすれば、いままでとは違った(そしてより役に立つ)経済学が構築できそうな気がし ています。」こうした見方を知ることで、学生たちに今学んでいる経済学を相対化してほしいと思います。

『生物学的文明論』は、「今の世は、マネーが跳梁する万事お金の世。この貨幣経済の背景にあるのも、数学・物理学的発想です。つまり、数学的・物理学的発 想が、この便利で豊かな社会を作り、同時に環境問題などの大問題をも生み出している・・そもそも生物とはどのようなものか、という生物の本質を説きなが ら、生物学的発想で現代社会を批判的に見たのが本書です。」
 「今までは自然を効率よく破壊するものほど良い技術とされてきました。だから技術と は本質的に自然と相性の悪いもの、相性の悪さをほこってきたのです。でもこのような従来型の技術から、そろそろ卒業しなければならない・・・生きものや自 然と相性の良い技術をさぐっていくのが、これからの進むべき方向でしょう。生物は長い進化の歴史を通して、環境に適応したものが生き残って来ました。生物 の重要な特徴の一つは、環境に適応していることです。そして環境に適応しているとは、すなわち環境と相性がいいこと、つまり環境にやさしいことです生物、 環境にやさしいデザインをもっており、そのようなデザインの宝庫が生物なのです。」
 「生物のようにリサイクルするものは環境とも相性がいい。生物のデザインを考慮して作れば、それは私たちと相性が良く、環境を破壊しないだけでなく、使い手の心をやわらげて、使っていてほのぼのと幸せだと感じさせる物ができるのではないでしょうか。」

 時間論・生命論についても道元禅師の「正法眼蔵 有時の巻」を使って、わかりやすくお話しいただきました。本川先生の『おまけの人生』(2005 阪急コミュニケーションズ)を是非、お読みください。本川先生は、歌う生物学者として有名です。CDも出されています。当日も、バイオリンとギターの伴奏 で、1曲披露していただきました。「生命(いのち)はめぐる」(作詞作曲 本川達雄)ですが、時間論・生命論の要約といってもいいでしょう。
 「日は昇り日は沈み また朝が来て夜となる 月は満ち月は欠け 月はまた丸く輝く 月日はめぐる月日はめぐる めぐる月日の中で 私は私は生きてゆく /
心臓は休まずうち 肺は呼吸を繰り返す クエン酸回路はまわり サーカディアン・リズムは続く 血潮はめぐる生理はめぐる めぐるリズムの中で 私は私は生きてゆく /
人は生まれ大きく育ち 愛しあい子供をつくる そして老い死にゆくとき 子供へと希望をたくす 生命はめぐる親から子へと めぐる命の中で 私は私は生き続ける」
 
 以下は、お世話いただいたアロマテラピストの八尋優子さんの感想です。ありがとう。

○アロマテラピスト 八尋優子さんの感想

 本川先生は著書で「近ごろ、外国との摩擦のニュースを聞くにつけ、違う世界観を理解することの難しさがよく分かる。同じ人類の間でそうなのだから、違う 動物の世界観を理解することなど、よほどの努力を払わなければ出来ないことである。しかし、その努力をしなければ、決して人間はさまざまな動物を理解し、 彼らを尊敬できるようにはならない。」暴力で奪うことや我慢することではなく、"理解・尊敬"という道がごく自然に見えている感覚がいい。
「生き 生きとした自然に接していないと、人間はどうもすぐに頭の中を見つめはじめ、そして抽象的になっていくもののようだ。抽象的になりはじめると、とめどなく 思考のサイズは大きくなり、頭でっかちになっていく。都会人のやっていることは、はたしてヒト本来のサイズに見合ったものだろうか?体のサイズは昔とそう 変わらないのに、思考のサイズばかり急激に大きくなっていく、それが今の都会人ではないだろうか。体をおきざりにして頭だけどんどん先に進んでしまったこ とが、現在の人類の最大の不幸の原因だと私は思っている。」はっきりと"人類の最大の不幸の原因"と言う潔さが心地いい。合宿で本川先生に対面し、どんな 話が聞けるだろうかとわくわくして参加した。

 本川先生はとても気さくで、終始優しい物腰だった。はじめは「なぜ呼ばれたのか分からないし、京都駅から拉致され戸惑っている」なんて言っていたが、美 山の自然に触れかやぶき屋根で鮎料理を堪能してからはリラックスした様子で、色んな話を聞かせてくれた。九州の田舎で生まれ育った私にとっても、美山には 懐かしさがあった。夏に家族で訪ねた熊本阿蘇にも似て、空は広く風は涼しかった。合宿中、私は色んなTシャツを着た。まずはゾウの絵、次はいろんな動物の 絵、そして沖縄三線の絵。本川先生はそのすべてに気づいてコメントをしてくれ、最後には「僕にまつわるイラストの物ばかり、どうも気を遣ってくれてありが とう」と言った。よく観察して感謝する、なるほど生物学者の仕事とはそういう生き方なのだと感心した。
 体の時間は昔と変わっていないのに、現代 では社会の時間が縄文時代の30倍速く、体が追いつけずストレスになっている。だから「より早く=幸福」の公式に疑問を抱き「時間・わたし・環境」の考え 方を変える必要がある。本川先生はそう語った。そして「"今"は"今"、過去や未来を思うとき「時間」が必要になる」と。 
 あっという間の2日間でした。あの日にご紹介頂いたミヒャエル・エンデ作『モモ』を読み返している。初めて読んだ幼い頃の私を思うのと同時に、いつか私も私に似た私の様なものを生み、私を"渡し"ていく連鎖の一つになれるだろうかと、未来を思っている。