学長・野風草だより

No.263

No.263 2012年9月3日(月)

離島と東日本大震災の農村調査

 8月21~23日、本学の藤本高志教授と長崎県五島列島に離島振興の研究で調査に行ってきました。昨年は、渡邊正英准教授を含め3人で、鹿児島県の与論島と沖縄県の久米島を調査しました。私は五島列島は訪ねたことがなかったので、大変楽しみにしていました。まず何より驚いたのが、教会の多さです。1566年に五島列島にキリスト教が伝えられてから、幾多の迫害と弾圧に耐えながら信仰を守り続けてきました。現在でも住民の25%がカトリック信者であり、長崎県全体の4%と比べても非常に高い数字です。教会の中で展示されていた江戸時代の「かくれキリシタン」の諸資料を見ながら、人間のもつ「いのり」の力に感動しました。五島列島に残るたくさんの教会は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」としてユネスコの世界遺産暫定リストに入っています。写真は、下五島の堂崎天主堂です。

 下五島、上五島でともに役場の農林課の方に案内していただきました。離島であるが故に海上輸送コストがかかり、本土と市場競争をするにはハンディがあります。補助金などで対応したり、離島ならではの作物や牧畜を懸命に模索し、観光や釣りで本土の人たちを呼び込むことも試みられていますが、前途洋々とはいかないようです。上五島の役場の方は、高齢者が多くなる中で、農業をやることで生きがい、楽しみを見出してくれて、小遣い稼ぎにもなってくれればありがたいとお話しされていました。写真は、農家から聞き取り調査をしている藤本先生です。下の写真のように遠浅の美しい浜辺が残っています。上五島では、大きな鍋で炊き込む「地獄だき」で手延べうどんをおいしくいただきました。

大津波と放射能汚染から復興へ歩むフクシマ農村

 続いて8月29、30日と一人で、福島県の放射能汚染地域の農村を調査しました。私は昨年の8月にも汚染地域の飯館村を訪ねましたが、農家と直接お話しすることは出来ませんでした。今回は是非お話をお聞きしようと、いつもお世話になっている山形県村山市のスイカ農家である門脇栄悦さんと一緒に、南相馬市を訪ねました。現場の声を直接聞くことが、研究調査では何より大切なことだからです。最初にJA相馬の方にお話を聞きました。人口7,5万人いたのが、一時3万人まで減ったが、避難していた人たちが徐々に帰ってきて、今は4,2万人となったそうです。国や県の指導や援助を受けながら懸命に地域復興の努力をしているが、除塩・除染とも思うようにすすまない。しかし、2年も農業、米つくりをやらず、来年もやらなければ、農家魂が失われていってしまう。後継者もやめたり、他地域に避難してる人も戻ってこない。来年は是が非でも米つくりをしたいと決意を述べられていました。

 次に原町の復興組合を訪ねてお話をお聞きしました。賠償金や補助金が入ってきて、何とか復興に向けて努力しているが、風評被害で作っても売れないため、やる気が失せ、なかなか展望が出て来ないのが現状だそうです。そのため、パチンコ屋と飲み屋ばかりが繁盛してしまうと嘆いておられました。とくに後継ぎが他地域で生活基盤を作っていけば、もう地元には帰ってこないだろう。そうしたら、この地域の未来はどうなるのか、心配でたまらない。しかし、悲観的に考えていてもしようがないので、今いる人たちが中心となって、区長がまとめながら、地域復興を進めていきたいと話されていました。
 現場の農家のお話を聞きながら、離島も放射能汚染地域も、簡単に明るい未来を語ることは出来ません。今後とも現場目線で、考えていきたいと思います。