学長・野風草だより

No.278

No.278 2012年10月10日(水)

秋深し花咲き、黒正巌博士の遺品陶磁器展

 秋が深まってきました。好きな秋の花の一つは、曼珠沙華(彼岸花)です。故郷の松山では、田んぼのあぜ道や河原などでたくさん咲いていたのを思い出します。私の庭に植えていて、今年もきれいに咲いてくれました。花茎がぐんぐん伸びてきて、真っ赤な花が咲いてくると、うれしくなります。まさに炎が舞う感じです。通勤する時に河原町まで自転車で走っていると、鴨川沿いでも曼珠沙華が目立つようになりました。

 玉簾(タマスダレ)も好きな花で、同じヒガンバナ科です。これも群生するときれいです。曼珠沙華の赤と玉簾の白とのコントラストが、庭で活きています。故郷の実家の玄関に植えていたのを覚えています。他にもオシロイバナとかアサガオとかを植えてしまうのは、小さい時の花に対する原風景が今も残っていて、再現してしまうのかもしれません。どうも派手な「洋物」は好きになれません。

 陶磁器は、これまた故郷が砥部焼の産地でしたので好きです。厚手の白磁に藍色の手書きの柄が書かれていて、よく使っていました。全国各地を調査旅行した時、よくご当地の焼物を買って帰り、ふだんの食事に使っています。もちろん安いものですが。買ったので残っている一番古いのは20年前くらいの山形県の平清水焼で、今も梅干し入れに使っています。最近はこの8月に長崎五島列島を調査した時に、長崎三彩の小皿を古道具屋で買いました。自宅近くの豆腐屋でおぼろ豆腐を買ってきて載せると、三彩の多色と豆腐の白が絶妙です。もちろん、横に冷えたビールがあります。

 10月1日~10日までA館のギャラリーで、創立80周年を記念して、初代学長である黒正巌博士が収集されたコレクションの中から、民藝運動に関わる河井寛次郎(1890~1966)とイギリスのバーナード・リーチ(1887~1979)の陶磁器が展示されました。人間科学部の長田寛康教授のご尽力によるもので、御礼申し上げます。写真は、河井寛次郎の「梅皿」とリーチの「香合(こうごう)」です。彼らと黒正博士の間にどのような交友があったのかは不明ですが、河井寛次郎の住居と窯は、京都の五条坂にあったので行き来があったのかも知れません。当時のままで河井寛次郎記念館として今も残っていて(http://www.kanjiro.jp/)、私も訪ねたことがあります。今は周りに住宅が建て込んでいて、登り窯があった当時はどうだったんだろうと心配してしまいました。

 所蔵されているご子息の黒正明さんと、終了日の夜に行きつけの居酒屋「セブン」でお会いして、リーチの「香合」を直接見せていただきました。眼福でした。創立70周年の時に、私が日本経済史研究所の所長をしていて、「黒正巌博士遺墨展」を同じA館ギャラリーで開催したことなどを懐かしく話しました。そんなこんなで話しているうちに、後日、学長室においでいただき、書の掛け軸を2幅を寄贈していただくことになりました。ありがとうございました。恐縮至極です。後ろの書は以前からあるもので、黒正博士が酔いに任せて襖に墨書したのを掛け軸に仕立て直したものです。

「なりはひの道はかはれと さして行く 高嶺の月は 一つなりけり 黒正巌」。この歌は、黒正博士の神髄です。