学長・野風草だより

No.284

No.284 2012年10月15日(月)

追悼・成田一徹(1)(切り絵作家・本学卒業生)

 成田一徹さんが亡くなられました。謹んでご冥福をお祈りいたします。享年63歳。早すぎるよ!
 10月1日の本学の創立80周年記念祝賀会のおいで下さり、「わざわざありがとうございます」、「やあ、おめでとう。忙しそうやね」と短い言葉を交わし、「これから東京です」と言われて握手したのが最後でした。8日に東京の駅で倒れ、15日に病院で帰らぬ人となりました。なんであの時、もう少し話しておかなかったのか。「また京都で飲みましょう」と声をかければよかったのに。成田さんは1949年に神戸で生まれ、本学の経済学部を卒業し、大学院修士課程で鈴木亨先生に経済哲学を学ばれました。10年ほどサラリーマン生活をしたあと、38歳の時に意を決して切り絵作家として独立をめざし上京されました。その後の成田さんの活躍ぶり、作品を是非ホームページでご覧ください(http://ittetsu-narita.com/)。

 この切り絵は、四条河原町東入ルの地下にあった「京都サントリーバー」です。先代の1950年から60年続いていた老舗ですが、やむを得ぬ事情で2011年12月末で閉店することになりました。成田さんにお願いして、マスターの鈴木聰明・温子さんご夫妻にプレゼントしたものです。ここへは2006年頃より時たま出入りしていましたが、2010年頃から河原町に着くと、かるくジンフィズなどを飲むようになりました。ご夫妻とゆっくり話しながら、大学での疲れを癒していました。鈴木さん、ありがとうございました。切り絵を作成するために2011年11月に一緒に訪ねましたが、そのあと神戸への最終電車まで飛鳥、祇園サンボアなど数軒はしごしましたね。大経大というご縁があって、飲みながらいろいろなことを話してくれました。私にとって貴重な思い出となりました。上のツーショットは、2011年12月18日の閉店祝い?に、切り絵をプレゼントした時に撮ったものです。

 その時、飲みながら話しているうちに、成田さんが昔ここに来たことがあるわと思い出されました。そして12月の時に神戸の自宅から右のような「グッド・バー通信」を探し出してきてくれて、鈴木さんご夫妻にプレゼントされました。1985年ですので、まだ現在の地下ではなく、先代もお元気だったそうで、成田さんはまだアマチュアの時ですね。カットの感じなどは最近とはちがうようですが、構図の切り取り方はすごいですね。私が一番感心するのは、成田さんの構図の素晴らしさです。

 成田さんとのご縁が深まってきたので、次は私が毎週ゼミの学生たちと飲んでいる大学近くの「セブン」を切り絵してもらうことにしました。女将さんは大経大生を相手に50年以上も店を続けており(野風草だよりNo.29)、感謝の気持ちを込めて誕生日のお祝いにプレゼントしました。お馴染みさんが集まりながら飲んでいるところです。成田さんも女将さんの高知の料理に舌つづみを打ちながら、楽しく遅くまで飲みました。大経大の学生を愛してくれる女将さんに、大経大を卒業した芸術家の作品を贈ることが出来たのは、私にとってもうれしいことでした。

本学での切り絵展

そもそも成田さんとのきっかけは、10年前の70周年の時でした。日本経済史研究所の所長をしていた時、研究所も2003年が開所70周年でしたので、『黒正巌著作集』全7巻(思文閣出版)を刊行し、A館ギャラリーで「黒正巌博士遺墨展」を開催しました。さらに2003年5月にA館ギャラリーで人間科学部の長田寛康教授のご支援で「成田一徹切り絵展」を開催したのでした。上新庄駅南口のギャラリー関銀にも展示しました。

 展示作品は、右の写真を見ていただければわかりますように、大阪の情緒あふれる風景を切り絵にしたものです。たくさんの方に見ていただきましたし、成田さんも母校で開催できたことを大変喜んでおられました。切り絵作家・成田一徹さんは、大阪経済大学が生んだ誇るべき芸術家です。以下の文章は、その時のパンフレットに書かれたものです。

 年の始め、個展の打合せで久々に阪急上新庄で下車、我が学び舎への道を歩いた。学部・大学院の8年間、通い続けた懐かしい道程である。あの頃、将来を思いあぐねてはいたが、しかし絵描きの道は夢想だにしなかった。まして、我が母校で個展まで開催できるとは-。歩きながら、面もちは感無量だったに違いない。
 切り絵を生業として15年になる。黒い紙をナイフのカッティングだけで絵にしていくという、いわば極めて薄っぺらな技法で、今までよく生きてこれたものだと思う。わずかな才能と、それ以上に幸運と人の縁に恵まれたことをつくづくと感じている。今回もまた、母校との有難い縁である。
 展示作品は、昨年4月から一年間、朝日新聞(大阪本社版)に連載した「どこへ一徹 切り絵旅」の原画全46点である。週一回の連載は、取材対象が関西ということもあって、東京在住の身には、本当にシンドかった。しかし、今となってはすべて楽しい思い出、新しい切り絵の方向を模索した貴重な一年でもあった。
 一人でも多くの人にご高覧いただければ幸いである。

 その際に、学内の風景をいくつか作品にしていただけないかとお願いしたところ、快諾していただきました。桜の咲くもとでの黒正巌像は、色つきで作っていただきました。この切り絵は、2003年5月17日の研究所開所70周年記念で小説家の津本陽氏をお迎えした第1回歴史講演会のポスターに使わさせていただきました。また、新築なったB館の姿もしていただき、今はB館2階のカフェテリア・カネルの壁に飾られています。
 80周年で建物・キャンパスがきれいになってきてますので、幾つか作品にして下さいと内々ではお願いして快諾していただいていましたが、いろいろとあって実現しないで終わってしまいました。残念無念。己の不甲斐なさを恥じ入るばかりです。京都新聞では、職人たちの姿を連載されていました。もう一花、ふた花咲かせられたのに・・・・改めて、ご冥福をお祈りいたします。合掌。