学長・野風草だより

No.342

No.342 2013年3月14日(木)

社会に旅立つ卒業生の皆さんへ

 各学部の卒業生の皆さま、そして各大学院研究科の修了生の皆さま、卒業おめでとうございます。本日ご参列いただいたご父母、学費負担者の皆さま、心よりお慶び申し上げます。
  本学は、1932年の浪華高等商業学校に始まり、昭和高等商業学校、女子経済専門学校などを経て、1949年に現在の大阪経済大学となり、昨年創立80周年を迎えました。卒業生は今年卒業、修了される皆さん1620名を加えて、8万9千名にものぼります。先輩たちからのバトンをしっかりと受け取ってほしいと思います。そのバトンには、“大経大PRIDE”と書かれていると思います。これからは大経大の卒業生であることに誇り、PRIDEをもって生きていってほしいと思います。
 今日は、音楽や芝居、芸術などのアートの世界で活躍している7人の卒業生の言葉を紹介してみたいと思います。80周年の学生企画で、在学生たちが全国を回って卒業生にインタヴューしたもので、素敵なパンフにしてくれています。

 1972年卒業の梅原真さんは、故郷の高知県で農山漁村の産業デザイナーとして活躍しています。大阪芸大に行こうと思ったけど、授業料が大経大の3倍もしたので、「芸」じゃなくて「経」に来たそうです。濁点があるかないかで大違いです。大学で何か役に立ったことはありますかと聞いたら、「全くない!」と断言されたそうです。まあ、それもええわね。仕事に対する信念、こだわりは、自分の周りの状況をマイナスに考えすぎてはダメ、思い過ぎないこと、どんなもんでもプラスに変えられるという信念を持とう。そのためには、コツコツがコツ、努力して継続しないといけないと言われています。
 1971年卒業の宝石アーティストの倉貫徹さんは、宝石は地球が作った造形物での中で最も美しいと言われます。大学時代に幸せだったのは、日本で最高の哲学者である鈴木亨先生に出会えたことだと言われています。鈴木先生は今は90歳を越えられていますが、お元気で研究をされています。アカデミズムやマスメディアにはほとんど知られていませんが、日本独自の西田幾多郎の哲学を創造的に発展させた哲学者として、後世高く評価されるでしょう。大経大にこうした大学者がおられたことは、私たちにとってまさに誇り、PRIDEです。倉貫さんは、自分が本当にいいなと思うことを、売れる売れないじゃなしに、今評価されなくても後々評価されるような、夢として本当に誰もしていない独創的な、オリジナルな仕事がしたいなと言われています。まさに鈴木先生の教えが活きているんですね。「人の真似をするな」が皆さんへのメッセージだと言われています。
 1975年卒業の切り絵作家の成田一徹さんは、残念ながら昨年11月に63歳で亡くなられました。母校の学生たちが9月にインタヴューに行ってくれたのは、彼にとってどんなにうれしかったでしょうか。彼もまた鈴木亨先生のゼミ生として勉強し、目から鱗みたいな感じで今まで何を勉強していたんだと思いはじめ、大学院修士課程まで先生のもとで勉強しました。今の切り絵に直接役に立っているわけではないけど、鈴木先生の学問こそは本物でオリジナリティーだったことから、オリジナルを作り出す、考え出すというのは、学問もアートも根っこは共通するんだなと、今になってわかり始めて、ありがたいなと思うようになったそうです。進路に悩んでいて会社に就職したのが28歳、10年勤めて、38歳の時に思い切って切り絵作家として独立し、東京に出ました。だから「なるようになる」、「明日は明日の風が吹く」みたいな感じで、考えすぎてもあかんねんとアドバイスをくれました。
 1984年卒業で丹波立杭焼の陶芸家である清水一二さんは、大学卒業してから師匠に弟子入りした5年間の修業時代が一番しんどかった。でも20代の恥なんぞ、大丈夫やから夢を追ってガムシャラに行ったらええ。夢だけではその世界に入れないやから、人より努力しないとアカン。何事にも本気で取り組まないとアカン。一所懸命にやらずにちゃらんぽらんしてて、「やっぱり、これ俺に向いてないねん」なんて言ってたら、絶対自分に向いているものなんぞ一生見つからへん、と言われています。一番思い入れのある作品は、これから作るものでしょうね。死ぬまで勉強で、死ぬ間際に一番いいものが出来れば本望ですねと、アーティストとしての決意を語ってくれました。

 今までは60代、50代のおっさんでした。大人の自慢話、説教ほどいやなもんはないかもしれません。そこで皆さんと同じ20代の若い卒業生を紹介します。クーランドというバンドのリーダーで、2010年に卒業した平井拓郎さんです。まだ25歳です。軽音楽部に所属し、1年生の時からバンドを組んで活躍していたそうです。こういう方面、私はチンプンカンプンなんで、ようわかりませんが。学生時代、単位はほぼ完璧だった。単位も取れない人間は何をやっても駄目だから、単位もこなせない人間って、スケジュールが守れないんだからとはっきり言い切ります。ウワッー、いう感じやね。座右の銘は、ありふれているけど「人事を尽くして天命を待つ」かな、まあ、やることやり切ったらあとは何とかなるだろうっていう感じ。世の中、やることやらんと天命、運ばっかり待ってる人が多いからとチクリと言われていました。
 2008年に入学して演劇部に所属し、在学中からミュージカルの劇団四季で活躍しはじめ大学を中退した酒井康樹さん。24歳ですので、皆さんと同じ若者です。好きな言葉は、家族、感謝。育ててくれた福井の両親のことはいつも心に留めているとのこと。在学中は、フル単位でした。学費を両親に出してもらっているんだから、一つでも落としたら申し訳ないと思って頑張った。劇団のライバルたちや数多くの方々との出会いが増えるほどに、人生は1回、自分の夢を実現したい、いつかメインキャストで舞台の中央に立ちたい、そのためには一つ一つの舞台をきっちり務めていくことだと思っていますとのことでした。彼は私のゼミ生でしたので、ゼミ生たちで応援してて、東京でライオンキングの舞台を見にも行きました。
 最後は女性の卒業生です。1998年卒業の斉藤幸恵さん、舞台女優、ラジオのパーソナリティーとして活躍されています。学生時代は吹奏楽部でクラリネットばかり吹いていて、勉強は全然しなかったとの事。自分が表現することによって、お芝居であれ、朗読であれ、ラジオであれ、見てくれた人が、聞いてくれた人が、自分の人生とかに重ね合わせて、感慨深い思いになったり、「そっか、自分だけじゃないんだ、頑張ろう」なんて気持ちが起こしてくれてらうれしいなと言われています。座右の銘は、「苦しい時ほど笑え」です。苦しいから苦しいとか、しんどいからしんどいって言っていると、悪い事しかやって来ないと思うんです。どん底でもう笑うしか自分を保てなかった時、自分自身のしんどい時の経験から「私は幸せだ」と思ったり言ったりしてると、幸せって引き寄せられるんじゃないでしょうか。素敵な言葉ですね。
 いずれも君たちの先輩の言葉です。皆さんは、どの言葉が好きですか。みんな、それなりに苦しみながら歩いてきたんですよね。・・・・・・・いや、もうすでにモットー、座右の銘を持っている方もいるかもしれません。講義やゼミで、クラブ、サークルで、バイトで、はたまた、これから素敵な言葉に出会うかもしれません。言葉は、生きる力・勇気をくれます。皆さん、そんな言葉を見つけて下さい。

 最後に私から皆さんに、一つ言葉をお贈りします。「おかげさま」、私は故郷の松山で暮らす88歳の母から教えられたこの言葉が日本語の中で一番美しいと思っています。おれがおれがの我の世界ではなく、「おかげさまで、何とかやれてます」。私にとって生き方の原点であり、研究や教育の基本軸です。今日帰ったら、大学に行かせてもらったお父さん、お母さん、学費を負担していただいた方に、卒業証書を見せて、「ありがとうございました、おかげさまで卒業できました。」と感謝の言葉を述べて欲しいと思います。ケジメです。今、皆さん、心の中で、言ってみて欲しい。
 「おかげさま」。
 私たち教職員は、皆さんとともに“大経大FAMILY”として過ごせたことを感謝します。ありがとう。大経大の卒業生であることを誇りに思って、“大経大PLIDE”を持って、これからの人生を生きていってください。そして大経大を第2のホームとして、母校を忘れないでいて下さい。卒業おめでとう。以上で学長としてお祝いのメッセージといたします。