学長・野風草だより

No.358

No.358 2013年4月22日(月)

染織で人間国宝の技にふれる

 京都岡崎の府立図書館に小説を借りに行った帰り、疏水沿いの細見美術館で「志村ふくみ・洋子 しむらの色」という展覧会が開かれていましたので、思いついて覗いてみました。この美術館は琳派のコレクションで有名で、開館した1998年に「琳派展Ⅰ」を見に行き、ポスターを買って今も飾っています。あれから15年がたち、今年は伊藤若冲の展覧会がありました。植物染料による染織で人間国宝になられた志村ふくみさんのお名前は以前から知っていましたが、たくさんの作品を直接見るのは初めてでした。右の写真からもわかるように、本当に息を呑むような美しい着物の連続でした。藍や紅花、紫根はもちろんですが、梔子、刈安、カラスノエンドウ、玉葱などまで使われています。その色の鮮やかなこと、そして作品タイトルに沿ったデザインの素晴らしさ。右上の写真は「若菜 鞠の唄」(ふくみ)、「緑の翼」(洋子)、右下の写真の左は「天平」、右は「紅葉賀」です。本当にその前に立つと、作品タイトルのイメージが浮かんでくるのです。

 右の写真の図録に載っていた志村ふくみさんの言葉を紹介してみます。「母より伝えられたもの」と題して、「振りかえってみれば、思いもよらぬことが繋がっていつしかひとすじの道がそこに在った。誰も予測することのできない縁というか。それが糸の道だった。『この道に命かけようと思った日もあった』と母の語った言葉を今も忘れ得ない。好きというだけでなく、泥沼に半ば埋りそうになりながら夢中で追い求めた日もあった。その根底にはこの仕事にかける絆が母をとおし私に、そして娘に貫かれているような気がする。染めたり、織ったりという目の前の仕事をとおして汲んでも汲んでも盡きないものを感じてきた。水が湧くように仕事は新鮮だった。それがなくてどうして続けられよう。若い人が従いてきてくれよう。生きのいい仕事、それを手から手へ伝えてゆきたい。ひとすじの糸から着物という日本という国の伝統を担った衣が生まれる。それを身にまとって、よろこびをわかち、後々の人々に伝えたいと願う。」

 私の故郷松山では、伊予絣がありました。小学校の頃まで近くの町工場からギッコンバッタンの音が聞こえていたのを思い出します。何となくこうした古い織物が好きだったのでしょう。これまで研究調査や大学の仕事で全国各地を訪ねた折、当地の伝統的な織物で、ネクタイやハンカチ、小物を買うのを楽しみにしてきました。松阪木綿、伊賀上野の組紐、出石縮緬、長浜縮緬、阿波染、博多織、大島紬・・・もちろん安いものばかりで、反物などの高額なものはよう買いません。故郷の伊予絣や研究対象であった奈良県の大和絣、奈良晒の古着をオークションで安く安く落札して、カッターシャツに仕立て直したりする遊びもしたりしています。実際に身に付けることで、何かしら日本文化の良さを感じてきます。私は長年農業史の研究をしてきましたが、こうした日本文化は農村から生み出されてきたものです。常に革新されながら継承されてきた日本文化の伝統を、農業史、農業哲学という学問を通じて、伝えていければと願うこの頃です。