学長・野風草だより

No.457

No.457 2014年4月25日(金)

文楽語りの7世竹本住大夫の引退公演

 文楽の語りの人間国宝である竹本住大夫の引退公演を見てきました。「通し狂言 菅原伝授手習鑑」の桜丸切腹の段です。「定業と諦めて腹切刀渡す親、思ひ切つておりや泣かぬ。そなたも泣きやんな、ヤア」「アヽ、アイ」「泣くない」「アヽ、アイ」「泣きやんない」「ア、アイ」。相三味線野澤錦糸との息もぴったりに語っていきます。人形遣いは人間国宝の吉田蓑助です。最高の組み合わせです。
 彼の舞台は、昨年1月の「寿式三番叟」(野風草だよりNo.324)、4月の「新版歌祭文」(野風草だよりNo.357)、今年1月の「近頃河原の達引」(野風草だよりNo.427)と4回目です。かなり入れ込んで聞いてきました。何しろ90歳なんですから、耳に残しておきたいと思ってです。通し狂言ですので朝の10時半から始まり、夜の9時まで。満喫したといえばかっこいいけど、翌日ではなく翌々日!はさすがに体の節々が痛かった。

 私が住大夫を見たのは、2001年1月のNHKスペシャル「人間国宝ふたり―文楽・終わりなき芸の道」であることを、文楽劇場でのDVDの宣伝を見て思い出しました。不思議なことですが、住大夫が竹本越路大夫の京都の自宅で稽古をつけてもらっているシーン、弟子の文字久大夫を容赦なく鍛えているシーンがよみがえってきたのです。14年も前のことなのに、それくらい凄絶なシーンだったのです。吉田玉男さんのほうは残念ながら記憶に残っていません。今度新入生特殊講義で学生さんにも見てもらうつもりです。
 1冊、すごい本が出ました。フランス文学者の高遠弘美の『七世竹本住大夫―限りなき藝の道』(講談社 2013)です。2002年5月の「桜丸切腹の段」で住大夫に開眼した著者は、2012年5月までの10年間で住大夫の浄瑠璃を百数十回聞いたそうです。「およそプルーストの翻訳を志す者は如何なる細部も軽視してはならないのです。それを改めて教えてくださったのが住大夫師でした。どんな言葉もおろそかにしない住大夫師の浄瑠璃を通じて、私はプルーストに限らないでしょうけれど、翻訳という仕事の要諦を肝に銘じました」(同書185頁)。「藝」と「學」、根底において相通じていることを教えてくれました。60歳を過ぎてしまい、もう手遅れかもしれませんが、精進しなければならんのです。農家さんに顔向けできない。授業やゼミの学生さんに申し訳ない。そして何より私をここまで育ててくれ、最近相次いで亡くなった老父母の墓の前に立てない。