学長・野風草だより

No.497

No.497 2014年8月16日(土)

大文字の送り火、初盆の精霊馬

 今年も五山の送り火の季節がやってきました。京都に住み始めて40年が過ぎましたが、送り火が済むといつも夏の終わりを感じます。この野風草だよりには、今まで一度も書いていませんでした。夜の8時前から吉田山に登って、竹中稲荷神社の参道から東の如意が嶽で着火されるのを待ちます。8時、着火です。「大」の字すべてに火が回ったら、手を合わせて拝みます。それから山を少し降りて北西方面に、「宝船」、「左大文字」の送り火を見て拝みます。最後は、私の自宅前の近衛坂から「鳥居」を見て、おしまいです。この間、30~45分。「妙、法」は、残念ながら高い建物が増えて、自宅界隈からは見ることが出来ません。

 今年は3月に母親が89歳で、5月に父親が94歳で亡くなったので、初盆でした。五山の送り火を拝む時にも、特別の感慨がありました。自宅の庭でも、キュウリとナスビで精霊馬を作り、おがら(麻がら)で迎え火、送り火をしました。松山の故郷でも、私の生まれる前に病気で亡くなったお姉さんのために、毎年おがらで迎え火、送り火をしていたのを思い出します。老父母は、無事に西方浄土に戻れたやろか。

 右の夫婦茶碗は、私が1985年に本学に就職した時に、初給料で両親にプレゼントしたものです。京焼の北村賀善さんの作品です。私の恩師の一人である飯沼二郎先生に山科の窯元まで連れて行っていただき、あれこれ思案してこれに決めて、贈りました。時々松山に帰った時に見てると、あんまり使ってる風がなく、「割れてもええけん、使いーや」と言いましたが、母親は「割れたら、もったいないけん」と笑ってるだけでした。49日忌が済んで、京都に持って帰り、今は神棚に供えて毎日お水を替え、「おかげさまで無事に過ごせています」とお祈りしています。

 初盆に、松山の長兄夫婦が尽力してくれて、父親の校長時代の10年間の挨拶文がまとめて出版されました。表紙カバーは、母親のちぎり絵です。「つみあげ ほほえみ ゆさぶり」といつも言っていたようで、生徒たちには校長講話は好評だったようです。書いているのを読むと、学生時代に中国史を勉強していたからか、中国古典の素養が自ずと浸みだしており、味わい深いものがあります。学徒出陣のために勉強が続けられず、終戦後故郷に帰って高校の教師をしていた父親にとって、私が大学教員になったのはうれしいことだったでしょう。母親でいつも思い出すのは、毎朝お仏壇に亡くなった長姉のためにかげ膳を供えて線香を焚き、般若心経を唱えていたことです。私も横に座り「摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩・・・」と真似ているうちに、覚えてしまいました。