学長・野風草だより

No.585

No.585 2015年5月2日(土)

100歳の美術の力

 90歳、100歳、白寿(近く)、昔は考えられなかったことです。最近、チェロの青木十良(野風草だよりNo.535)や文楽の竹本住大夫(野風草だよりNo.457)の活躍を知りました。書家の篠田桃紅は『103歳になってわかったこと』(2015 幻冬舎)を出しましたが、10年ほど前に岐阜の美術館で作品を鑑賞したことを思い出しました。20年ほど前には、私のゼミの卒業旅行で岡山県の井原市の美術館へ行き、彫刻家の平櫛田中(1872~1979)の作品を見ました。「いまやらねば いつできる わしがやらねば たれがやる」の色紙を買ってきて、今も飾っています。
 御影の香雪美術館へ、郷倉和子(1914~)の「百寿の梅」を見に行きました。60代の頃より梅の花に取り組み、現在も描き続けています。ポスターになっている「春日蜿々 紅梅・白梅」(2001、2002)も素晴らしかったですが、2013年作の「空へ」は、画面いっぱいの空が印象的でした。郷倉さんの父で画家の郷倉千靱の故郷は富山県の小杉町ですが、これまた25年ほど前に農書の調査で小杉町を訪ね、小杉焼を買ったのを思い出します。黄緑色の小皿ですが、今も愛用しています。これまでの旅の思い出が、どこかで繋がっています。

 その後、脇浜海岸通りの兵庫県立美術館まで足をのばし、「堀 文子展」を鑑賞しました。屋上のHATをかぶった蛙が出迎えてくれます。1918年生まれの堀文子もまた、現在なお旺盛に描き続けています。40代で初めての西洋体験、50歳直前の大磯への転居、さらに61歳での軽井沢、68歳の時にはイタリア・アレッツオ郊外にアトリエを構えます。一つの場所、一つのスタイルに留まることなく、「一所不住・旅」を続けています。「群れない」「慣れない」「頼らない」。初期から現在までの80年に及ぶ革新し続ける画業が展示されていますが、驚きの連続でした。

 「幻の花 ブルーポピー」(2001)は、1998年から毎年ヒマラヤへ行き、2000年7月に遂に出会ったそうです。「冬は氷に閉ざされる標高5000メートルのガレ場を好むこの花の毅然とした生き方、よりかからず、媚びず、たった一人で己を律する姿勢に、私は共感した。」
 「極微の宇宙に生きるものたちⅡ」(2002)は、80代を迎えて、病に倒れ不自由な体になっても感動を見つけられると考えて、顕微鏡を入手し、肉眼では見えないミジンコやゾウリムシなどの世界に魅了されたそうです。これを見た時には、ここまでやるんだと感動しました。
 「様々な国を旅して、『風景は思想だ』と私は確信した。風景は自然を取捨選択し、その国の人々が作り上げた作品なのだ。」、「風景」を「農業」に置き替えれば、全くその通りで、私の農学原論の核心を表現しています。
 「絵を描くときは常に自分と果し合いをしているようなものです。」、「奢らず、誇らず、羨まず、欲を捨て、時流をよそに脱俗を夢見て、私は一所不住の旅を続けてきた。」