学長・野風草だより

No.592

No.592 2015年5月17日(日)

ぐんぐん広がる美術の世界

 ヤマアジサイは、一般の洋アジサイとは一味違います。山地や沢に生えているのを、好事家が採取して、たくさんの種類が売られています。石鎚山系などで採取されたものが「伊予の・・・」と名付けられているのを知り、昨年は6鉢を育てました(野風草だよりNo.478)。今年はさらに増えて、18鉢ほどになりました。写真は、「伊予の花火」と「伊予の十字星」です。花の形状に合わせて、名前が付けられているのもあります。「伊予の薄墨」(有名な薄墨桜に因む)、「伊予の青絣」(伊予絣に因む)、「別子てまり」(別子地方に因む)、「石鎚の光」(石鎚山に因む)などは、何かしら地元と因縁があります。次から次へと咲いていきます。あっちからこっちから、30分くらい眺めて楽しんでいます。元職員の方からは以前に風蘭をいただきましたが(野風草だよりNo.391478)、「伊予青海」という伊予の名がついた風蘭をいただきました。もうすぐ咲きそうです。伊予尽くしです。

 京都文化博物館で開かれている「京を描く―洛中洛外図の時代―」を見てきました。首都京都の全景を描く洛中洛外図屏風は、16世紀初頭から登場し、江戸時代後期まで描かれ続けます。別の名称のものも含めて、60点近くの作品が展示されていて、圧巻です。それぞれには、縮小したコピーに現在の地名が貼り付けられいて、ああ、ここは昔こうだったんだとわかるのです。私の住んでいる地域の「吉田社」、「真如堂」、「黒谷」などは頻出していて、うれしくなります。江戸時代になると、それまで御所が中心に描かれていたのが、二条城に変っていて、権力者の交替が構図に反映しているようです。 ようく見ていると、祭りの様子、行列の人たち、街中の人々の様子などが描かれていて、時代順に展示されているので、その移り変わりもわかってきます。1、2時間では足りません。

 京都国立博物館では、「桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち」がありました。入場者は10万人を超えたそうで、私も20分ほど並びました。桃山画壇の巨人であった狩野永徳が死去した後、いかに狩野派がライバルの長谷川等伯らと戦い、豊臣から徳川へと権力者が変わっていく中で、御用絵師としての地位を保ち続けたかが、作品を展示しながら、わかるように構成されています。まるで歴史小説を読むようなストーリー性のある展示なのです。
 私がとくに気に入ったのは、早熟の天才・狩野探幽の「松に孔雀図壁添付・襖」でした。6面一杯に超弩級の松が描かれ、左端に孔雀が添えられているのです。探幽の「柳鷺図戸襖」は水墨画のようで、こんなのも描くのだと感心させられました。

 最近の美術館の展示は、単に有名な作品を並べるだけでなく、時代背景や画家の人間性などが浮かび上がってくるように工夫されていて、楽しいひと時を過ごせます。辻惟雄や宮島新一、山口晃などの日本美術史を読んでいましたが、最近はこうして美術館・博物館に足を運んで作品に触れることで、日本美術の流れを感じるのも楽しいです。橋本治『ひらがな日本美術史』(新潮社 1995~2007)を知り合いから教えてもらい、読んでいます。