学長・野風草だより

No.628

No.628 2015年8月6日(木)

東北の夏を祭りで楽しむ

 前々から青森のねぶたを観たいと思っていました。棟方志功の色彩豊かな板画の影響があるのかも知れません。急に思い立って、行ってみることにしました。まずは飛行機、これはすぐに取れました。次はビジネスホテル。どこに電話しても満室。参りました。いつもゼミ旅行でお世話になっている旅行会社にお願いして、「祭り料金」でやっと取れました。
 最初は、秋田の竿燈祭りです。竿燈全体を稲穂に、連なる提灯を米俵に見立て、五穀豊穣を祈るのだそうです。町内ごとや企業・団体が妙技を見せてくれます。片手で持ったり、額や肩に当てたり、さらには腰に当ててと、次から次へと人が変わっていきます。小学生以下らしい幼児組、そして小中高生の若者組、そして大人連と、幼若・小若・中若・大若に別れており、提灯の大きさや高さが異なります。幼児たちが一所懸命やっている姿は、何とも微笑ましく、つい「ドッコイショー、ドッコイショー」と声を掛けていました。こうして、伝統の技が継承されていくのだなと思いました。
 竿燈通りでの巡行が終わって、近くで秋田の郷土料理と地酒を美味しくいただきました。そして帰っていますと、川反通りで竿燈が戻ってきているのです。お祝儀をもらった家や店の前では、竿燈からそこの名前を入れた垂れ幕をつけて、太鼓に合わせて、竿灯を踊らせます。地域のつながりがこうして保たれているのでしょう。昔々小さい頃故郷の松山で、神輿で町内を回っていたのを思い出しました。

 夜の竿燈祭りの前に元秋田銀行本店であった秋田市立赤レンガ郷土館で、勝平得之(1904~1971)の版画を見ました。生涯秋田を離れずに、郷土の自然や人々を彫り続けたのだそうです。絵と彫、刷の3つの工程を一人で完成する彩色木版画の技法を考え出したそうです。こうした地元に密着したすばらしい芸術家がいるんですね。
 翌日、JR駅前の秋田市立千秋美術館で、岡田謙三(1902~1982)の洋画を見ました。戦後にアメリカへ行き、抽象画を描きます。しかし展示されているのを見るうちに何だか日本的だなと感じてきました。「白と黒」(1954)、「帆掛舟」(1968)、「四季」(1970頃)など。あとで説明を読むと、日本的な感覚と大和絵や紙貼りの感じで、ユーゲニズム(幽玄主義)を主張したらしいです。ナルホド・・・いいものに出会えました。岡田謙三の作品は美術館にかなり寄贈されたらしいのですが、秋田ととくに深い因縁があったわけではないそうです。

 美術館が入っているアトリオンの地下で、物産展が開かれていました。私は旅をすると、伝統工芸の陶磁器やネクタイを買うのを楽しみにしています。いきなり「蕗刷り」が目に飛び込んできました。ハンカチ、瞬間、10年ほど前に農村調査で秋田に来た時、帰りの秋田空港でこの蕗刷りのハンカチを買ったことがフラッシュバックしてきました。愛用していましたが、いつの間にかなくなってしまいました。
 折よく作者の長谷川弘子さんがいらして、いろいろとお話を伺うことが出来ました。そして、蕗刷りのネクタイとハンカチを購入しました。さらに秋田八丈はありませんかとお聞きすると、ちょうど良かった、1本だけ母の秋田八丈の着物からネクタイを作りましたと、見せていただきました。ラッキー!即、買い!右の写真の真ん中です。幸せな気持ちになって、近くの7代目佐藤養助店で、稲庭うどんを美味しくいただきました。

 東北には、有名な青森市のねぶた、弘前市のねぷた、五所川原市の立佞武多などの他にも各地で「ねぶた」があるらしいです。青森市のねぶたは一番有名です。夕方に運行前のねぶたを見にねぶたラッセランドへ行ってみました。迫力満点です。そして、地元の方からお話を聞くことが出来ました。いよいよ、夜の運行、中に灯りがついて、多彩な色と豪快な絵柄が浮かび上がってきて、とても幻想的です。目の前でぐるりと1回転もしてくれます。裏まで念入りに作り上げられています。

 囃子の人たちの太鼓や笛、跳人(はねと)の踊り子、「ラッセラー、ラッセラー」と掛け声をかけていくのに煽られて、こちらも気分が高揚してきます。「ラッセラー、ラッセラー」。こうして観客と一体となって楽しめるのはいいですね。いい気持ちになったところで、次は津軽民謡の酒場を訪ねようとしましたが、その日は生憎お休みでした。
 そこでジャズバーを探索しましたら、やはり老舗の店があるんですね。「jazz time disk」。ここはジャズ評論やプロデュースで有名な鳴海廣さんが経営するお店です。壁いっぱいの巨大なスピーカーからジャズが流れてきます。いいですね。お客さんがいなくなったのを見計らい、私の好きなアーティストをリクエストしました。ピアノの本田竹弘がありました。昔、ライブ演奏できてもらったこともあるそうです。青森の夜、素敵な時間が流れていきます。

 翌朝、弘前へ行き、昼間のねぷた運行(なぬか日)を見ました。この日の運行では、扇形の扇ねぷたが中心でした。前面の錦絵と裏面の見送り絵に見事な絵が描かれていました。こちらは、町内ごとのねぷたが中心でした。子供たちが一所懸命に綱を引いているのが印象的でした。
 運行に連られて歩いていると、弘前城近くまで来ました。津軽塗のお店があり、入ってみました。ここでもまた、フラッシュバック!やはり10年ほど前に弘前大学の先生らと農村調査をした時、この「田中屋」さんに入ったのです。そして、本式の津軽塗のお重箱はよう買わないで、略式のお重箱を買ったのを思い出してきました。今もお正月には使っています。そこには、津軽こぎん刺しという伝統工芸の刺子がありました、ネクタイはありませんかと聞くと、刺子の工房に行かれたらとのこと。早速、弘前こぎん刺研究所へ行きました。そして、買いました。ネクタイの写真で一番下のものです。
 

 この研究所の2階には、モダニズム建築家の前川國男の業績が展示されていました。母の生家が弘前藩士だった関係で、弘前市には前川デザインの建物が数多くあります。有名な建築家の丹下健三は、前川の弟子だそうです。私がなんで前川に興味を持ったかというと、現在建設中の「ロームシアター京都」の前身である「京都会館」(1960)を設計したした人だからです。岡崎の景観と調和した京都会館のコンセプトや建物のデザインの一部は、新しい建物にも活かされているようです。ここでもまた、不思議なご縁を感じた次第です。
 東北の夏を祭りで楽しむ旅でしたが、いつの間にか私の思い出や暮らし、趣味と絡み合ってることを感じさせてくれる旅でもありました。