学長・野風草だより

No.634

No.634 2015年9月17日(木)

9月の卒業式に寄せて

 9月の卒業式・修了式が行われました。87名の学生と3名の大学院生が本学より旅立ちました。以下は、当日の私からのお祝いのメッセージです。
 本日は、卒業、修了、おめでとうございます。ちょっと遠回りしましたが、良かったですね。ご臨席いただきました保護者の皆さまはじめご関係の方々にもお慶び申し上げます。
 1949(昭和24)年に新制の大学となった大阪経済大学の前身は、1932(昭和7)年に創立された浪華高等商業学校であり、その後1935(昭和10)年に昭和高等商業学校として再建されました。その初代校長となった黒正巌博士以来、「自由と融和」を建学の精神として受け継いできました。今年で創立83周年となり、2032年には創立100周年を迎えます。卒業生は9万名を越えました。本日から、皆さんもその仲間です。

○クレーの絵に寄せて
 9月のある日、東京混声合唱団の演奏会へ行き、有名な作曲家である三善晃の混声合唱組曲「クレーの絵本 第二集」を聞きました。これは、20世紀スイスの画家パウル・クレーの絵に啓示を受けた谷川俊太郎の詩に曲を付けたものです。三善晃は、「地表の背信や不合理、生の哀しみや痛みを、谷川さんの詩とクレーの絵の二重の遠近法の中に見ながら、それを透して、地表への希いと生への愛を歌おう」としたと、述べています。
 「黄金の魚」(1925)という絵に、谷川は次のような詩を寄せています。「おおきなさかなはおおきなくちで/ちゅうくらいのさかなをたべ/ちゅうくらいのさかなは/ちいさなさかなをたべ/ちいさなさかなは/もっとちいさな/さかなをたべ/いのちはいのちをいけにえとして/ひかりかがやく/しあわせはふしあわせをやしないとして/はなひらく/どんなよろこびのふかいうみにも/ひとつぶのなみだが/とけていないということはない」
 谷川は、「クレーは言葉よりももっと奥深くを見つめている。それらは言葉になる以前のイメージ、あるいは言葉によってではなく、イメージによって秩序を与えられた世界である。そのような世界に住むことが出来るのは肉体ではない、精神でもない。魂だ。」と述べています。

 私の勝手な解釈は、次のようなものです。大きな魚から小さな魚まで、弱肉強食の現実世界があります。生きるいのちは他のいのちを殺してしか生き続けられない宿命を背負っています。幸せと不幸せは裏表です。幸せばかりというのはウソでしょう。そして喜びには、必ず涙が、哀しみが浸み込んでいます。これから皆さんが働き出す社会のこうした現実の世界の背後に、「一粒の涙」が融け込んでいることを感じるセンスを持ってほしいと思います。
 私がよく聞いているピアニストで作曲家の加古隆に、「いにしえの響き」というCDがあります。これは加古が、クレーの有名な絵「いにしえの響き」(1925)などに感動して作曲したものです。クレーの絵が、次々と連鎖反応的に時代と国を超えて文学や音楽を生み出していったのです。クレーは、何に感じながら絵を描いたのでしょうか。そのクレーの絵を見て、谷川や三善、加古ら芸術家たちは、何物にも縛られることなく、直観的に魂の共感、シンクロナイズしたのでしょう。

○3つを追い求める
 こうした世界へ行き着くために、私の小さな経験をお話しします。私は研究者として、40年近く生きてきました。若い時、恩師から「この研究なら君だと言われるような得意の研究分野を、3つ持て」と言われました。1つでもしんどいのに3つもと、20代の時に思いましたが。今にして思うのは次のようなことです。
 1つもなければ、語る資格なしでしょう。その時その時の流行の研究テーマに引きずられて右往左往するばかり。平気でうそをついたり、ごますりしたりです。うまく立ち回って評価されたりすると、大声で威張ったりしてしまいます。歳をとっているというだけで、「今の若いもんは」と愚痴も出てきます。
 1つ得意技が出来れば、どうなるでしょうか。ちょっとした成功体験にしがみついて、他の研究分野もそれで推し量っていきます。各分野にはそれぞれの論理があるという当たり前のことを忘れてしまうのです。「専門バカ」というやつで、オレがオレがの世界です。
 2つ出来れば上出来ですよね。みんなからちやほやされるでしょう。でも、ここで落とし穴が待っています。研究をやめてしまうのです。学会の理事なんてのをやりだすと、いつのまにか学会行政屋になって、ボス支配をめざして暗躍してしまいます。また、2つと言うのは、あれかこれかの2者択一、2項対立的な発想に陥りがちです。

 3つ、容易ではありませんが、死ぬまで研究をし続けたいものです。私もあと10年か20年。私はこの年になって気が付き始めています。3つの得意分野をという恩師のアドバイスは、生涯現役で研究をやり続けなさいということなのでしょう。先ほどの谷川の詩で、大きな魚が小さな魚を食べる弱肉強食の現実世界を描くのは、得意技が0や1つの世界です。2つ持った時、いのちの持つ絶対矛盾や、幸せと不幸せの裏表の世界へと進んでいくのかもしれません。3つを求め続けた時、谷川の言う海に沈む一粒の涙、魂を探し始めることになるのだろうと思います。あれかこれかではなく、第3の道を、そして現象世界の背後に潜む目に見えない魂の世界へと導かれていきます。研究者である前に、社会人として、一人の人間としてどのように生きていけばいいのかが問われてくるのです。
 私は農業の研究を一生の課題にし、これまで続けて来れたことに感謝しています。恩師、研究仲間、家族、そして30年間勤めてきた大経大の学生さんたちや教職員の皆さんのおかげです。今日晴れて卒業していく皆さん、これからの人生において、3つの得意な何か、これなら〇〇さんにという得意技を作っていってほしい、求め続けてほしいと思います。私の研究での経験は、皆さんが社会に出て働き出しても、家庭を持っても、通じるものなのではないでしょうか。1つでも2つでもなく、3つです。

○道理は天地を貫く
 最後にちょっと難しい言葉を一つだけお伝えして、終わりにします。本学の前身である戦前の昭和高等商業学校の校長先生で、戦後1949年に本学の初代学長を務めた黒正巌博士の言葉に「道理貫天地」というのがあります。これは世界で、日本でオンリーワンの大経大オリジナルの言葉です。
 道理とは何か、人の生きる道、理。いかに生きるか、いかに死ぬるか。実は先ほどの「一粒の涙」もまた、この道理と相通じているのではないでしょうか。古今東西変わらないものです。道理は、世界をそして目に見えない天地をも貫いているんだ、と黒正博士は言われたのです。各人各様の解釈でかまいません。正解はありません。3つを追い求めながら、「道理は天地を貫く」、大経大でしか学べないこの言葉を頭の片隅でもいいから覚えていてほしいのです。
 あらためて卒業生、修了生の皆さん、おめでとう。以上で、皆さんへのお祝いのメッセージといたします。ありがとうございました。