学長・野風草だより

No.637

No.637 2015年9月23日(水)

スウェーデンのイェーテボリ大学を訪問

 スウェーデンのイェーテボリ大学とは、1997年に一般交流協定を、2002年には学生交換協定を結び、以来交流を続けています。当初は学生さんが何人か来られていましたし、本学からも2002年に教員が1年間留学し、2006年には学生が留学しています。しかし、残念ながら近年は交流が途絶えていました。
 これまで学長が表敬訪問をしていなかったので、今後の交流の活発化を目的に、崎田事務局長、石原国際交流課長とともに、9月18日から23日にかけて訪問しました。アムステルダムから乗り継いでストックホルムに入り、そこからは列車でスウェーデン南西部のイェーテボリまで行きました。イェーテボリ大学は、1891年創立の古い大学で、現在8学部、学生数37,000人ほどの総合大学です。経済・ビジネス・法学部は、もともと別の大学であったのが、1971年にイェーテボリ大学の一部となりました。

 1枚目の写真は、イェーテボリ大学の本部です。2枚目は、経済・ビジネス・法学部の建物で、訪問している私たちのために日本の国旗を掲揚してくれています。3枚目は、屋上からのイエーテボリ市内の風景です。4枚目は、ペル・クラメル学長(学部長)にご挨拶して、プレゼントを交換しているところです。
 今回の訪問では最初の交流協定以来お世話になっている、国際課職員の井上智愛さんに万端のお世話をいただきました。本当に感謝です。大学では、国際課長のキャサリーナ・ミルキンさん(女性)が学内の連絡など手配をいただきました。イェーテボリ大学には全体で約6,000名の職員がいるそうですが、そのうちの60%が女性で活躍しているとのことでした。日本語の授業と英語での経済学の授業を参観しました。
 たまたま留学していた3人の女子学生に話を聞くことが出来ました。生活は学生寮に住んだり、市内のアパートでルームシェアをしたりといろいろですが、そう不便はないようです。英語力は3人ともかなりのもので、授業は聞き取りは何とかできるが、ディスカッションが難しいとのことでした。それなりにこれが勉強したいと明確な目標を持って留学に来ているので、予習復習をきちんとして、何とかついていってる感じですと、話してくれました。

 後日、井上さんからのメールでは、概略以下のようでした。「先日は本学にお越しいただきありがとうございました。皆様のおかげで貴学の状況もこちらに伝わりましたし、授業参観、学生との対談も含め本学訪問でいろいろと実感していただくことが出来たのはよかったです。お話させていただきましたが、こちらのプログラムの変更による日本語学習の減少のため、日本語専攻の学生の派遣も以前ほどの語学がないこと、また語学研修として10週間(プログラム3年目の秋)日本に行くものの、そのあとの留学はマスターレベルに移行していること、現地語をまったく勉強していない学生でも派遣できる大学への派遣は順調であることから、英語でのコースを開設していただければ派遣できるのではと期待している次第です。
 本来であれば、日本語の正規のコースを日本人学生と一緒に履修するという体験も大切だと思うのですが、学生の留学日を支援するCSN(学生支援機関)の学生ローン支給条件が、単位互換が100%出来ることになっており、日本語での履修で単位を落とすとローンの支給が受けられないなど、生活費に直結して影響がでるという状況もあります。また貴学からの学生をぜひお迎えしたいと思いますので、またご相談ください。今後ともよろしくお願いいたします。」

 やはり、欧米などの外国からの留学生を迎えるためには、本学において専門科目の英語での講義の開設が喫緊の課題です。来年度からの開設を準備していますが、数科目出来ればありがたいなと思っています。是非とも教員の皆さまのご協力をお願いしたいところです。
 最後の日に、感謝のために井上さんらと夕食会を持ちましたが、イェーテボリ大学の日本人研究員も同席していただきました。彼は、来年の4月から日本の大学に就職することになっていますが、その際の応募条件に英語で講義が出来る方とあったそうです。今後の公募においても検討していく必要がありそうです。彼は、本学の教員だった先生とも親しくしていたそうで、本学にも何回か来たことあるそうです。偶然とはいえ、ご縁が上新庄からイェーテボリまで続いているとは、不思議不思議。

 右の写真は、1日目に泊まったストックホルムの旧市街、ガムラ・スタンの街並みです。石畳の細い路地に、17~19世紀の古い建物がびっしり建っています。お土産屋さん、レストランなどです。表に椅子と机を並べて、たくさんの観光客、地元の人たちが食事をしビールを飲んで歓談していました。魚、肉料理はおいしかったですが、スウェーデンの名物料理がミートボールだったのは驚きました。ガムラ・スタンには、立派な王宮、ノーベル記念館があります。記念館では日本人の受賞者の紹介を見、記念にネクタイを1本買いました。花柄ですが、これはノーベルが生きた時代の壁紙の伝統的なものだそうです。

 次の写真は、新市街にあるノーベル賞の記念晩餐会が催される旧市庁舎から、入り江を挟んで旧市街のガムラ・スタンを撮影したものです。すばらしい!!!中世風の石造の建物はこれ迄にヨーロッパで何か所も見てきましたが、この風景は前に入り江があることで、大げさですが、私が見たこれまでの街並みの風景で最高のものでした。夕方の景色でしたので、翌朝早くホテルから再び行ってみました。行ったことないのですが、イタリアのヴェネチアもこんなのかと思いました。後で調べたら、ストックホルムは、「水の都」「北欧のヴェネチア」と呼ばれているそうで、納得です。






 イェーテボリは北海に面した港湾都市として繁栄してきており、西欧諸国との通商・交通の窓口でした。大きな帆船が港に横づけされて、レストランとして利用されています。ホテルは駅の真上で、久しぶりにバスタブに浸かって疲れを癒しました。

 帰りの飛行機は、イェーテボリからアムステルダムに飛び、関空のはずが、遅れて関空便に間に合わず、アムステルダムから上海まで飛んでいきました。そして、上海から関空へ。荷物は大丈夫かなと心配でしたが、係員がOKというので半信半疑で関空に到着。案の定、荷物は届いていませんでした。どっと疲れが出ました・・・数日後に自宅に到着。2013年のメンフィスからの帰りの便もトラブルでしたが(野風草だよりNo.409)、今回もまたです。次の時は何事もなくいきたいものです。今回も事務局長、国際交流課にお世話になりました。感謝いたします。