学長・野風草だより

No.672

No.672 2016年1月22日(金)

映画「新しき民」と「陽光桜」

 2012年に山崎樹一郎監督の岡山県山間部の農村を描いた「ひかりのおと」を見ましたが(野風草だよりNo.215)、今回は岡山県の「山中一揆」を取り上げた時代劇映画「新しき民」を九条のシネ・ヌーヴォで拝見しました。この「山中一揆」は50名を越える多数の犠牲者を出したことで有名で、一揆博士と呼ばれた黒正巌初代学長が論文を書いています(「作州山中百姓大一揆」 『黒正巌著作集』第3巻所収 2002 思文閣出版)。ただ今回の映画は、領主や武士に反抗する農民たちを描くことだけが目的ではなく、そこから離脱して生き延びようとする一農民の姿にスポットライトが当てられています。それは、当時の史料からもなんとなくわかっていたことですが、監督は山中地域の言い伝えからはっきりとした着想を得たとのことでした。ドキュメンタリー映画「つづきのヴォイス」に記録されており、シネ・ヌーヴォで上映されましたので、こちらも拝見しました。主人公の治兵衛が一揆に出かけようとする時、身重の妻たみは、「・・・何があっても死んじゃいけんで、死なんかったら待っとるけえ、乞食してでも何してでも生きといで、さ、はよう行ってきねえ」。チラシのコピーには、「未来(あした)に向かって逃げろっ!」とあります。これが「新しき民」というタイトルの含意でしょうか。
 12月26日の初日には、監督自身が来られて舞台挨拶をされました。その後、ご両親や仲間の方々と食事をして、ありがたくも親しくお話をすることができました。『シナリオ』2016年1月号をいただき、映画のシナリオが掲載されていましたので、読んでから1月にもう一度見に行きました。1回目ではわからなかった細かいところも理解できました。舞台挨拶でも述べられていましたし、『シナリオ』でも書かれていますが、映画つくりは農業と同じだという監督の言葉に、共感しました。監督自身、真庭市でトマト作りをされています。「いのち」を見つめ、育むこと、それがすべての生きる、活きることの原点なのでしょう。映画にあるように、憎しみや蔑み、地位や金への我欲からは、何も生まれてこないのです。

 監督の意図は、チラシにこうあります。「気づけば自由とは何かという問いを考えているように思う。そしてそこにはいつも矛盾があった。この映画をつくるにあたってもやはりその問いと向き合うことになる。「熱」に出会う。「熱」とは夜の光、歩く力、生きること・・・。「熱」をもってして矛盾の遠く向こうにある自由を見ることができるかもしれない。最大熱量を費やすことは僕のみならず、交わった多くの方々もそうだろう。食って、寝て、考えて、動く。「熱」の蓄積と開放。映画「新しき民」はそのことにおいて限りなく自由な映画だと思う。たった280年前の一揆の映画。」
 「矛盾」がこの映画のキーワードです。劇中の主人公治兵衛が村を離れて7年後に帰ってきて、村歌舞伎をしている神社の境内で語る言葉。「・・・矛盾かもしれん・・・いつからかしらんが人が人を殺す、殺すだけじゃねえ、傷つけることやこうしょっちゅうじゃ、いつからそねえに偉ろうなったんか・・・回り回って遠くの誰かが死のが、生きるためには仕方ねえ、ってのか」・・・・・・・「矛盾ってもんをようけ抱えて、生きて死んで、また生きて、また死んで・・・矛盾背負うやこうほんに辛えけえな、忘れたらええよ、じゃけど一個だけ・・・信じ直そう、お互いに、ここのもんも、よそのもんも、居るやつも、もう居ねえやつも、もっかいここをええとこにしょうや、あんな一揆ができたんや、何ないとできようが」。ここに、監督の現代の私たちへの強烈なメッセージがあります。
 そして、主人公が村を離れてから生まれた娘を育ててきた妻たみが言います。「治兵衛、舞いんさい、ええけえ舞いんさい」。そして村人たちは、中央の煮えたぎる湯釜の周りを踊り続けるのです。それをカメラは高い位置から映し出していきます。この妻の言葉と映像が、私には一つの答えのように思いました。「矛盾」を融かして和する「熱」。ただし、当時の農民たち自身が感じた「矛盾」と、現代の山崎監督が伝えようとして「矛盾」が果たして同じかについては私は留保します。いずれにしろ、こうした熱い映画を作られた監督はじめ、出演者、技術の方々、そしてサポートされた地元の方々、そして資金を提供された方々に、深い敬意を表します。

 「陽光桜」。これは桜の名前です。愛媛県川内町(現在の東温市)の高岡正明(1909~2001)が開発した暑さにも寒さにも強い桜です。映画は実話です。高岡は病気のため戦争には行けず、戦時中に青年学校の教員をして、戦地に赴く若者たちに「またこの桜の下で会おう」と言って送り出しました。そしてほとんどの者が戦死したことに対し、教え子たちの供養と戦争根絶、世界平和を願って、亜熱帯のジャワでも厳寒のシベリアでも、どのような厳しい気候の土地でも咲く桜の開発に命を懸けていきます。30年間にわたり人工交配を繰り返し、遂に日本初の桜の苗木登録となった「陽光桜」を育て上げ、国内外に5万本、無償で贈り続けるのです。原作は、自身で監督も務めた高橋玄の『陽光桜―非戦の誓いを桜に託した、知られざる偉人の物語―』(集英社 2015)です。
 主演は、笹野高史です。この映画が実質的な初主演です。前から好きな俳優さんでしたし(野風草だよりNo.648)、今回も実に味わい深く、とらえどころのない高岡の性格を表現されていました。

 もう一つ、私のふるさとである愛媛県が舞台であるのも、うれしかったです。川内町はもちろん知っていますし、松山の市内電車も写ります。伊予弁もまあまあでした。もう少し、スローテンポですが。最後のエンディングは、THE BLUE HEARTSの「終わらない歌」(1987 真島昌利 作詞作曲)でした。懐かしかったですね。「終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため/終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために/終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため/終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように」。こうした静かで深い映画を作られた皆さまに、深い敬意を表します。
 故郷の松山の家の近くには、川の土手があり、兄が長年こつこつと桜を植えています。ありがたいことです。最初は吉野桜でしたが、道路沿いで排気ガスに弱いということで、この陽光桜を植えています。陽光桜が咲く季節に帰って、花見をしてみたいものです。