学長・野風草だより

No.684

No.684 2016年4月8日(金)

教職員に贈る言葉―大学教育を考える

 桜が咲いて、散り始めて、春が動いていくのを感じます。今年は例年よりも早いようです。鴨川、高瀬川沿いは、外国人と花見客で一杯です。私も自宅で、陽光桜を愛でながら、庭で花見を楽しみました。石楠花が満開で、白川石の石灯篭に蠟燭をともして、春の宵です。
 2016年度の大学運営の基本方針説明会が開かれました。理事長の説明があった後、私から30分ほど説明をさせていただきました。おもに、これからの大学教育をどのように考えていくのか、そして2016年の重要課題を2つお話ししました。ただし、ここでは省略しています。140名ほどの教職員が出席され、熱心に聞いていただきました。なお、下の写真は、今年度の貝塚での新入生キャンプを激励に行っているところです。

Ⅰ 本学の学生たちの成長
 おはようございます。皆さまの日頃のご苦労に対し、心から感謝いたします。私は2010年11月に学長に就任してから、5年半がたちました。私の任期は今年の10月末までですので、こうして皆さまの前で話すのも最後になるかもしれません。学長としてこれだけは言っておきたいという最後のメッセージとしてお聞き下されば、幸いです。本学は、「自由と融和」の建学の精神に基づき、80有余年の歴史を刻んできました。私は、「人間的実学」をさらに豊かに具体化するために、「ゼミの大経大」、「マナーの大経大」、「就職の大経大」の3つを言い続けてきました。
 2016年度の入試志願者は、19,017名となり、4年連続の増加となりました。近年では今から20年前の1996年度入試の19,271名が最高であり、その後学費の値上げの影響で1999年度にはなんと8,942名まで激減しました。このままでは、潰れるんじゃないかと心配したものです。その後、多くの方々のご努力により徐々に回復してきて、ちょうど20年かかって、1万9千人台まで戻ってきたのです。
 2015年度の卒業率は83.1%で、近年では最高となり、4年間で卒業するストレート卒業率は87.5%で、2010年度の78.5%から9%も上昇しました。就職率Aは、2014年度は89.5%であり、2015年度の最終的な数字は出ていませんが、昨年並みかと思われます。以前より「就職に強い大経大」と言われてきましたが、リーマンショック前は90%以上あったものが、2010年度には80.4%まで落ち込みました。進路支援センターの職員さんはじめ関係者、ゼミの先生、卒業生の方々などの応援で、かなりのところまで回復してきました
 以上は、数字でわかりやすい入口、中身、出口の状況を紹介しましたが、他のところでもたくさんの教職員の皆さんが学生たちのために頑張ってくれています。私はふらっとそういうとこに顔を出してみます。なんで学長がここに居るんやろと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、私は現場が一番大切だと思っているからです。
 学生たちが活躍する場面が増えてきました。ちょうど今は新歓でクラブ・サークルの勧誘をしていますね。各クラブを回りながら、たくさん入ったか、今年は1部昇格目指そうな、などと声をかけています。硬式野球部は元オリックスの山本和作さんが監督に就任しました。3月下旬には茨木グランドへ激励に行き、4月3日の大阪南港での開幕戦へは応援に参りました。見事逆転勝ちをしてくれました。残念ながら勝ち点1は取れませんでしたが、今までとは雰囲気が全く違ってきています。一番うれしかったのは、スタンドで試合に出られない部員たち数十名が、グランドと一体になって声を出して応援しているのです。野球部では初めての光景です。そして、挨拶もきちんとしてくれます。学生部のサポートにより、5月の試合には吹奏楽総部が初めて参加し、チアリーダー部と一緒に応援してくれます。

 新入生キャンプのサポーター、入学前の事前学習のファシリテーター、教育懇談会やオープンキャンパス、産業セミナーなどでの学生の活躍、ZEMI-1グランプリやビブリオバトル、学園祭などでの学生の企画運営、そして各クラブ・サークルの活躍、あげればきりがありません。大経大の学生たちは確実に変わってきています。数字では表れませんが、自分たちの大学だと感じて、満足度を高めています。それは、学生たちの現場に触れなければわかりません。皆さん、これまでの努力されてきた学生たちとの協働作業に自信と確信を持ってください。これまでの方向は間違っていません。
 私はそうした学生の息吹き、教職員の仕事ぶりを伝えるために、「野風草だより」というブログを書き続けてきました。この5年半で683回、3日に1回の割で更新してきました。そこでは、出来る限り学生たちの生の声を伝えようと努力してきました。大経大の生きた学生の姿を、大学の内外に伝えたいと思っているからです。アクセス数は、52万6千回を越えました。ありがたいことです。

Ⅱ 時代の転換と若者たちの変化
 21世紀も15年がたって、大きな時代の転換期になっていることは、誰の目にもはっきりしてきました。卒業式の式辞でも述べましたが、2001年9月11日のアメリカの爆破テロは世界史の転換点でしょうし、2011年3月11日の東北大震災・フクシマ原発事故は日本史の転換点となりました。これから世界は時間をかけてゆっくりと確実に変わっていきます。 経済評論家の水野和夫氏は、「長い21世紀」をかけて資本主義は終焉へと向かい、歴史の危機が訪れると言います(水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』2014 集英社新書)。福祉や環境の専門家である広井良典氏は、「ポスト資本主義」としての「第3の定常化」の時期に入りつつあると言います(広井良典『ポスト資本主義』2015 岩波新書)。財政学の神野直彦は、現在は「歴史の峠」に立っており、「人間国家」への改革を説いています(神野直彦『「人間国家」への改革』2015 NHKブックス)。
 そうした世界史の転換期に、何が求められるのでしょうか。いろいろ考えられるでしょうが、私は40年間農業の研究などをしてきて次のように考えます。資源・環境がいつまでも「無限」にあり続けることを前提にして、科学技術の発展による経済成長を信じて自然を「征服」の対象とした時代から、資源・環境の「有限」性を突き付けられて、安定した生存の持続のためには征服ではなく「共生」が求められる時代となりつつあるのではないでしょうか。社会学者の見田宗介氏も言うように、無限から有限への価値観の転換です(『現代思想』2016年1月号)。
 しかし、私たち古い年寄りは、過去の経済成長の栄光が忘れられません。もはや賞味期限の切れかけたグローバル、生き残り競争、経済成長にまだまだしがみつきたがります。しかし、新しい時代を作り上げていくのは、私たちの目の前にいる学生、若い青年たちです。今、古い価値観と新しい創造の息吹きのせめぎあいが起こっているのだと思います。しかし、歴史の現在進行形の中では、とりわけ古い私たちは気が付きません。眼をふさごうとします。
 実は、若い人たちにも大きな変化が起きています。IT、スマホの急速な発達により、必要な知識は、インターネットから得る。いつの間にか知識は人から教えられるものではなくなりかけています。仲間とLINEなどで常につながっている。そのため孤独になる時間がない。私のようなガラケーしかよう使わない者には、想像を超えています。15世紀半ばからの活版印刷術の発達に匹敵する、大きな変化が進んでいるのでしょう。

Ⅲ これからの教育のあり方
 そうした時代の転換、若者たちの変化を見据えながら、私たちは大学教育を進めていかなければなりません。ここへの意識、気付きがなければ、すれ違いの教育になってしまいます。古い考え方の押しつけになってしまいます。実際、難しいところです。
 このような歴史の転換期には、原点に帰ることが大切だと私は思います。根源的に、ラディカルに考えてみましょう。新年の挨拶でも言いましたが、教育、educationの原語、ラテン語のducereは、連れ出す、外に導き出すということであり、教育とは人の持つ諸能力をひき出すことだといえます。私たちは、学生たちの持つ潜在的な諸能力を気づかせ、開発していく、ソクラテスの言う助産婦さんの役割を担っているのではないでしょうか。
 私の研究してきた農業や牧畜では、いのちある作物や家畜は自分自身で育っていくのです。生きていこうとする内発的な力を伸ばしていくのが、農業者の役割です。私は長年の農業研究から、農業も教育も「いのち」を育てるという点で、同じ仕事だと思うに至りました。
 この3月に訪問した北海道・中標津の、1haに1頭しか飼わず草地で放牧をするマイペース酪農の三友盛行さんは、500kgもある牛との接し方について、次のように言われています。①声を荒げない ②蹴飛ばさない ③叩かない ④近くでホーク、スコップなどを持たない ④無理を強要しない ⑤そして必ず、まず声掛けをする、おはよう!元気?ご苦労さん!など、時々に応じて、人の素直な心を言葉で表し、声掛けをする。優しい手を加えて、牛との信頼感を醸成していけば、日々の積み重ねが酪農家の喜びとなる、と言われています。恫喝や暴力、憎しみからは、いい牛は育ちません。金儲けのために搾乳量だけを増やそうとしても、牛さんは抵抗します。いのちある牛と酪農家との関係は、学生たちと教職員との関係と同じなのではないではないでしょうか。その勘所を私は「そっと手を添え、じっと待つ」教育と言ってきました。21世紀の未来を形作っていく若者たちを教育していくという仕事に携われることは、本当に私たち教職員にとって大きな喜びなのではないでしょうか。
 大阪経済大学の建学の精神は、「自由と融和」です。今風に言えば、それぞれの多様性を認め合いながら、共存共栄を図っていくということになるのではないでしょうか。多様性と共存がキーワードです。「つながる力No.1」というのは、まさにこれを目指しているのです。自分の大学だけがひとり生き残ろうとする改革ではなく、諸大学の共存共栄をめざす改革こそが今求められているのではないでしょうか。
 初代学長の黒正巌博士は、「道理は天地を貫く」と言われました。道理とは、「いのち」を慈しみ育むことと、私は理解したいと思います。それがすべてに貫いているのだと。「いのちの響き合い」です。西田哲学の鈴木亨元学長は、「共響」「響存的世界」と言われました。この日本哲学が、これからの世界史の転換期に必ず求められてきます。「そっと手を添え、じっと待つ」「いのち」の教育こそが、教育の王道です
 この教育の原点、哲学を大事にしてこそ、e-ラーニングとかアクティブラーニングとかLTD,ラーニング・スルー・ディスカッションなど各種の学習手法が活きてくるのではないでしょうか。


Ⅳ 大経大における改革
  (略)

Ⅴ 自分の感受性くらい
 最後に、有名な茨木のり子の詩「自分の感受性くらい」を紹介して終わります。私は時々読んでは、自らを恥じ入り、気を取り直しています。


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
                    (1977 花神社)


 私は33歳の1985年に本学で大学教員となり、以来30年間大経大一筋でやってきました。30代、40代、50代、そして最後の定年まで、お世話になるでしょう、何とか恩返ししたいと思い、勤めてきました。ここが私の第2の母校です。84年の歴史を刻んできた大経大は、今大きな歴史的岐路に立っていると思います。ここで俯いた時、しゃあないやと諦めた時、いったい私たちに何が残るでしょうか。後悔?
 (略)
 皆さん、ひとり一人の教職員の皆さまが、しなやかな感受性を守りながら、学生たちへ愛情を注いでいこうではありませんか。しんどい時にはしんどいと愚痴りあいましょう。私たちには信頼し合える仲間がいます。そし愛すべき学生がいます。「労働」の「労」という漢字の訓読みは、「いたわりあう」です。この歴史的岐路に際して、研究と教育、大学の実務、社会貢献の仕事を精一杯進めていき、ちょっとの勇気を奮って悔いのない人生を送ろうじゃないですか。そして2032年の100周年に向けて改革をすすめていきましょう。以上で私からの最後のメッセージを終わります。ご清聴、ありがとうございました。