学長・野風草だより

No.709

No.709 2016年7月15日(金)

アフリカ・スーダンからの熱いメッセージ

 中村香子先生の地域文化論では、アフリカから友人などを呼んで、生のアフリカを感じ取れるように努力されています(野風草だよりNo.378476)。エチオピア、セネガルに続き、今年度はスーダンからの特別講師でした。スーダンの社会、経済、政治などについてお話しいただきました。とても上手な日本語で語ってくれますので、学生さんたちはびっくりしていました。日本においては外国人であることの立場から、学生さんたちに今をどう生きていくのかということ、熱く語っていただきました。
 私の3年ゼミ生で受講していた小玉尚槻君は、「日本語が上手で、親父ギャグがたくさんのアブディンさんの話にとても引き込まれました。漢字の話では「留学」の「留」は外国に行くのだから「流」じゃないのか、とそんな見方があるのかと勉強になりました。中でも一番印象に残ったのは大学に通っている時間と大学で学ぶためのお金は今の時間の過ごし方と同価値か、という話です。教育を受けられることは当たり前と思い、教育を受けられることに対し受身になっている自分に気づき身の引き締まる思いがしました。」と感想を寄せてくれました。

 学長室でお会いした時、点字を打ち込んでいる私の名刺をお渡ししました。アブディンさんはとても驚き、点字を読んでいました。こんな経験は初めてですとのこと。付添の女性の方にもお渡ししました。あとでお聞きしたら、お父様が大経大に在学されていたことがあるそうです。ここでも不思議なご縁を感じました。
 講義終了後の感想を後日に中村先生からお聞きすると、とても充実した大経大だったとのこと、大満足して口笛まで吹いておられたとのこと、とくに質疑の時間が、30分以上あったにもかかわらず、途切れることなく、なかみの濃い質問が続き、終わったあとには、いやーー、学生が明るくて、とにかく雰囲気がいいねー!と感激していました。事務の方たちも、「ふつうの事務室とちがう!」とのこと、本当にありがたいことです。帰りがけには、「道理貫天地」の石碑を見てから帰りたいという希望で、アブディンさん、付添の女性の方ともども漢字をさわって意味を確認していました。
 その日の夜は、京都に戻り、アブディンさんが大好きなお寿司を3人でいただきました。ちょうど「はも」の季節で、ここの店の味は細やかで美味しいと何皿も食べました。モハメド・オマル・アブディンさんは日本での体験を『わが盲想』(2013 ポプラ社 2015 ポプラ文庫)に書かれています。ご興味のある方は、是非一度読んでみてください。こうしたご縁を結べたことに、アブディンさん、中村先生、付添の女性の方、そして熱心に聞いてくれた受講生の皆さんに感謝いたします。

○中村香子先生からからのコメント
 7月15日の地域文化論では、東京外国語大学のモハメド・オマル・アブディン先生を外部講師として招いて講義をおこないました。アブディン先生は、スーダンの出身です。そして、幼い頃に視力を失い、現在は全盲です。そんなアブディン先生が、スーダンからはるか遠い日本に来たのは、受講生のみなさんとほぼ同じ年代の19才のときでした。スーダンから日本に来るという大きな決断をしたときのこと、日本に来てからのさまざまな苦労についてなど、ユーモアいっぱいに、とても楽しく語って下さりました。
 「就活ですごく悩んでいたのですが、アブディン先生の話しを聞いてもっと攻める気持ちをもって色々なことに挑戦しようと思いました」「人生は無限の可能性がある。チャンスがいろいろあって、それを自分がどうするかで今後がきまっていく。留学なんかしてみようか、と真剣に考えさせられた」「悩んでいたことがあったけど、背中をおしてもらった」など、進路について悩んでいるみなさんに、メッセージがストレートに届いたようでした。

○アブディン先生からのメッセージ「無限の可能性を切り開く、今」
 まず、こんなに明るい雰囲気の大学は、初めてでした。学生のみなさんもとても活発で、後半の質疑応答は、時間切れになるまで次々に手を挙げて質問をしてくれて、本当に嬉しく思いました。鋭い質問が多かったのですが、印象的だったのは「スーダンでは教育の普及率がまだ低いので、少しのきっかけで学ぶと職につける可能性が広がるが、日本では大学進学率が50%あり、大卒が当たり前で努力が実りにくい。自分は何をどう頑張ったらいいのか」という質問です。
 スーダンでは、兄弟全員が高等教育を受けられることはほとんどなく、親・兄弟、ときには親戚からの学費の支援を受けてようやく大学に行くことができます。しっかり学んで稼いで恩返しをしなければならないというプレッシャーがあります。しかし、この質問は、そんなプレッシャーのない今の日本の若者の心の叫びだと感じました。大卒が当たり前の日本でも、大学で学ぶというこの時間を、当たり前とは考えず、自分の可能性を見つける時間にして欲しいというのが私の意見です。もし大学に行かないで4年間働いていたらと考えれば、この時間の価値はきっと1000万円以上です。それだけではなく授業料も払っているのですから、「1000万円のモトをとってやるぞ」という意気込みで、貪欲にいろいろな選択肢をつくる時間にしてほしいと思います。自分自身がもっている無限の可能性を切り開く最大のチャンスが、大学時代という、今、このときなのです。