学長・野風草だより

No.723

No.723 2016年7月10日(日)

同窓会の香川・愛媛支部にて

 7月9日の岡山での教育懇談会のあと(野風草だよりNo.710)、瀬戸大橋をJRで渡って、高松に参りました。夕方から大樟会(同窓会)香川県支部の支部総会・懇親会に出席いたしました。鈴木支部長はじめ皆さんのご尽力で、40名をこえる方々が集まりました。2年ぶりで(野風草だよりNo.488)、懐かしいお顔と再会できました。また、今回は、私のゼミ卒業生である升形信勝さん(ゼミ2期生)、濱岡直樹さん(17期生)も出席してくれました。春の選抜高校野球で準優勝した高松商業の中筋政人校長が、本学の卒業生ということで、出席され挨拶されました。公立で、全員地元の子ということで、香川県では大変な出来事だったそうです。一番の心配は、野球部員はじめ関係者から不祥事が出ないようにということだったそうです。楽しいひと時を過ごさせていただいた、鈴木支部長はじめ香川支部の皆さまに感謝いたします。終了後は、ゼミ卒業生の升形さん、濱岡さんらと、高松の夜を楽しみました。

 坂出商業高校の女性の先生が来られていました。「先生お久しぶり」と、声をかけられましたが、わかりません。「覚えてないんですか」と言われても、思い出せません。「20年ほど前に、北京での語学研修でお世話になったんですよ」と言われて、ああ、確かに田中美也子さん(現広報課長)と一緒に行ったよなと、記憶は甦ってきます。何となく話は合わせていったんですが、はっきりとピントは合いません。後日、右の写真を送ってもらって、ピントがぴったり合いました。思い出しましたよ!1995年の8月6日から20日までの2週間、首都経済貿易大学で語学研修の付添をしたのです。まだ十分な受け入れ態勢ができておらず、相手大学の関係者とけんか腰で食事の改善などを申し入れたものです。相当にハードな2週間でした。

 後日、沼見和先生から、メールをいただきました。「支部総会に初めて参加しましたが、先輩方と楽しく時間を過ごすことができました。そして、德永先生にお会いできたことも嬉しかったです。さて、その時にお話ししました大学時代に首都経済貿易大学(北京)へ語学研修した際の写真を添付いたします。21年前の自分の姿に驚くと共に、德永先生の愛らしい笑顔が素敵な1枚です。この写真を見てすこし笑っていただけたら幸いです。

 大学4年間、充実した時間を過ごすことができました。今は地元の香川で教師をしています。この仕事に就き18年が過ぎようとしています。その間、自分のクラスの生徒の数名を大経大へ進学させることができました。生徒にとって、また教員としても大経大は魅力ある大学だと思っています。私は高校3年次の担任・副担任の先生が大経大卒ということもあり、影響を受けて進学しました。その頃は経済・経営の単科大学として男子学生が8割ぐらい占めていたと思います。A館やB館の古い建物が今では懐かしく感じられます。数年前に大樟教育研究会へ参加したときには、会が終わった後、C館にこっそり入り当時の記憶を思い巡らせたりもしました。
 現在、商業科の教員として働いています。私の夢は、自分のクラスの生徒を大経大へ進学させ、そしていつか教員として一緒に働くことです。なかなか難しいことですが、いつか実現できたら嬉しいと思っています。」あの時、思い出せなくて、ごめんなさい。ありがたいご縁に感謝するとともに、今後とも大経大へのご支援、よろしくお願いいたします。

 翌10日には、午前中に高松での教育懇談会を終えて、JRの特急で松山に向かいました。午後1時からの開会でしたが、何とか2時半に道後温泉の会場に着くことが出来ました。20名を越える参加者でした。故郷ということもあり、愛媛支部は毎年来ていますので、顔馴染みばかりです(野風草だよりNo.119240395488)。中学の同級生である岡田秀人さんとも会えました(野風草だよりNo.59)。大病されたそうですが、お元気になられて何よりでした。愛媛、松山の話題が出てくると、うれしくなって自然と伊予弁に変わっていきます。「ほーじゃね」、「何、言うとん」・・・終了後は、大樟会から来られていた山本隆造さんと同じ日本拳法部の方と一緒に、松山の夜を歩きました。私のゼミ卒業生である吉田卓司さん(26期生)が松山勤務ですので、来ていただき一緒に楽しみました。最後は、松山に帰ったら必ず行くNIKKA BAR「ジロー」で仕上げでした。いつも温かく迎えていただく眞鍋支部長はじめ愛媛支部の皆さまに感謝いたします。