学長・野風草だより

No.724

No.724 2016年8月23日(火)

奈良・元興寺の地蔵会万灯供養

 今年の京都五山の送り火は、突然のゲリラ豪雨で、大文字は完全に着火しませんでした。自宅の庭でオガラを焚いて、迎え火と送り火はしました。1週間ほどして、奈良の元興寺(がんごうじ)で先祖を供養する万灯会があるのを知って、出かけました。近鉄奈良駅から、東向通り商店街、餅飲殿(もちいどの)商店街、下御門(しもみかど)商店街を通り抜けて15分、元興寺に着きます。30年ほど前から10年ほど奈良の近代史研究会で毎月来ていて、近くの小西通りの居酒屋で安酒を飲んでいたのですが、今は3つの商店街ともすっかりオシャレに様変わりしていました。餅飲殿商店街を歩いていると、「柿なら」というお店にちょっとおしゃれな民芸調のカッターシャツが吊るされていました。小山田厚子さんが染めた柿渋染・黒檀染・藍染の手織り木綿服でした。即、買ってしまいました・・・
 元興寺は、奈良時代から続く古い真言律宗のお寺で、当時は東大寺や興福寺と並ぶ大寺院だったそうです。世界遺産「古都奈良の文化財」の一部であり、極楽堂本坊と禅室が国宝です。本坊の須弥壇には、本尊地蔵尊が安置されています。門をくぐると、境内にたくさんの手作り風屋台が並んでいます。夜には盆踊りがやられるので、櫓が組まれています。

 さっそく屋台の一つへ行って、灯明皿に「家内安全」と墨書して、さらに菜種油と灯芯をいただきます。菜種油は菜の花プロジェクトにより、藺草の灯芯は安堵町の灯芯保存会から献納されたものだそうです。本坊と禅室の裏手の庭に、たくさんの石塔・石仏が並んでいます。これらを浮図(ふと)と言い、浮図を田圃のように並べたのを浮図田(ふとでん)と呼び、中世の供養形態だそうです。
 灯をともして、石仏の前に置き、先祖、私の場合は父母、義姉、次兄の霊を弔いました。たくさんの人たちが灯明皿を置いていき、暗くなるにつれて赤々と燃え続ける光景は、まことに厳かなものがあります。「万灯供養」と名付けるにふさわしいものです。菜種油は、チロチロと燃え続けていきます。「いのちの灯」。五山の送り火の不完全燃焼が、元興寺の万灯供養で癒されたように思えます。

 極楽堂本坊に中は、各界の名士たちによる「献灯」が並んでいます。私でも知っている高名な方々の行灯絵がたくさんあり、それぞれの方々の願いが書かれていました。私は存じ上げている鮟鱇屈主人の篆刻家の水野恵さんの献灯を見るのも、今回の元興寺訪問の目的でありました(野風草だよりNo.439663)。
 そして、記念のTシャツを売っていましたが、胸のしるしは、水野恵さんによる篆刻です。「元興教寺 極楽律院」とあり、中央には元興寺創建時の軒丸瓦を刻しています。いいですね。帰りは、下御門商店街にある食事処で、大和牛、大和野菜、そしてすぐ近くにある「春鹿」の今西清兵衛商店の「白滴」をいただきました。木綿服、灯明皿、Tシャツ、白滴、それぞれが元興寺地蔵会万灯供養の思い出となり、何かとても幸せな気持ちになりました。昨年の東大寺二月堂のお水取りに続いて(野風草だよりNo.560)、また奈良での思い出が一つ増えました。来年は、奈良にも高円山で大文字の送り火があるらしいので、行ってみようかと思います。お天気だといいけど・・・