学長・野風草だより

No.745

No.745 2016年10月22日(土)

大樟会の広島支部総会とゼミ卒業生の集まり

 同窓会である大樟会の広島支部総会に出かけました。折しも日本シリーズの広島カープ対日本ハムの初戦の日でした。私はカープファンですので、縁起をかついで優勝記念の赤いカープネクタイをしていきました(野風草だよりNo.731)。しかし、ダメ!。駅構内は赤、赤、真赤激のユニフォームなどで溢れかえっていて、首のネクタイなど全く目立ちません・・・。
 市内電車で会場に向かいました。40~30年前は、よく広島へ寄って宇品港からフェリーで故郷松山に帰省していましたので、懐かしいです。市内電車でかつての京都市電を発見!「東山」と名前が付いています。昔々京都で乗ったのと同じ車体の色です。左側の茶色の電車は、昔の大阪市電だそうです。広島の市内電車は、「動く電車の博物館」と呼ばれているそうです。もちろん、最新式の超低床車両も導入されています。

 広島支部総会には、20名ほどの方々がお集まりでした。卒業生からの「賀茂泉」で乾杯しました。さすが酒処です。今回で74回というのをお聞きして、その古い歴史にびっくりしました。当日は、日本シリーズをやっており、高層階の会場からはマツダスタジアムが見えます。スマホで、途中経過を聞きながら懇談が進みます。勝ちそうなので、さらに酒がすすみます。私は、ゼミの卒業生を集めていましたので、途中で失礼しました。蔭山支部長はじめ皆さま、楽しいひと時をありがとうございました。


 私は全国各地に行く度に、ゼミ卒業生を集めていますが、広島ではまだやったことがありませんでした。広島、福山、山口方面などに20名ほど居ます。電話やメールなどで連絡を取り、当日は5名の卒業生が集まってくれました。一人は、カープの試合を応援してから駆け付けてくれました。ゼミ1期生(1987年度卒業)、4期生(1990年度)、16期生(2004年度)、24期生2名(2012年度)。50数才から20代半ばまで、すでに広島に居を構えている者、勤務の関係で広島に居る者、様々ですが、同じゼミ卒業生ということだけで話が弾みます。本当にありがたいことです。さて次はどこで集まろうか・・・。

○ゼミ卒業1期生の谷 秀和さんのコメント
 私は德永ゼミ1期生で、昭和最後の卒業生でもあります。今回、約四半世紀ぶりにお会いしたにもかかわらず、何故か老けていない德永先生の容姿に驚き、また、同席したゼミ後輩との年齢差に愕然とし、とても刺激的な瞬間となりました。思い返せば、当時美術大学進学を諦め、迷った挙句に入学したのが大経大でした。中途半端な気持ちで悶々と過ごしていた私がいつの間にか前を向けたのは、派手でも地味でもない学友や、ちょっと変人っぽい野風草なゼミ教授のお蔭だったかも知れません。
 「若かりし頃に返りたい」、そんなセリフが地で言えるようになったこの頃。德永学長、いや德永先生と話して時間があっという間に当時に戻ったようでした。大経大は良い学び舎ですよ。後輩に会って改めてそう感じました。久しぶりに大隅キャンパスを訪ねてみたくなりました。


○ゼミ卒業16期生の瀧澤 大史さんのコメント
 大学を卒業して11年が経ち、今では学内がどんな造りで、どんな建物があったのか、記憶は朧気になってしまいました。卒業してからは、仕事の都合や家族ができたこともあり、なかなか大阪に立ち寄ることができませんでした。有難いことに、大学や当時住んでいたマンションは、新幹線の車窓からみることができるので、年に数回、学生時代を思い出すことはありました。そんな車窓から眺めていた大学も、当時と比べて校内や交通事情が大きく変わったという事実を知り、改めて11年という年月の大きさを実感しました。
 先生とは京都の鮒鶴でお会いして以来でしたね。その節は、わざわざ結婚式場までお祝いのメッセージカードを持ってきて頂き、有難うございました。あれから6年、現在も相変わらず元気で、学長になられた今でもゼミを継続され、考え方や学生に対する接し方の根本となる部分は当時のままだということに感服しました。考え方の芯がぶれない、これも先生が「道理は天地を貫く」という言葉を常に心において、仕事に向き合っておられるからでしょう。
 さて、先日の集まりでは、1期生の先輩をはじめ、まだ社会に出て間もない卒業生の話を聴くことができ、大変勉強になりました。それぞれ仕事の業種は少し違いますが、同じ広島の地で働いている人の話は、年代に関係なく興味深いものがあります。そして、そんな話の中で、谷さんと坂之上君は、直接ではありませんが、身近な所で繋がっていることを知り、世間の狭さを実感しました。時間にして3時間ほどの集まりでしたが、新しい繋がりも生まれ、あっという間の大変楽しいお酒になりました。自分なりに忙しく過ごしている毎日ではありますが、一度時間を作って、大阪へと足を運び、新しくなった今の「大阪経済大学」を見てみたいと思っています。その時、都合が会えば、またお酒でも飲みながら、先生や、現役のゼミ生の話を聞かせてもらえると幸いです。
 最後に私事ではありますが、結婚式の時に先生から頂いたメッセージ、「おかげ様を大切に」という言葉を忘れずに、これからも家庭や仕事と向き合っていきたいと思います。先生も学長として、創立100周年に向けて「経済・経営系の私立大学No.1」を目標に取り組んでいかれることを、陰ながら応援させて頂きます。僕が現在勤めている会社「(株)マキタ」も、おかげ様で去年創業100周年を迎えることが出来ました。大阪経済大学は100周年という大きな節目を迎えられた時、次は何を考えられるでしょうか?先日、この先大学の数は減少してくるという話もありましたね。しかし卒業生の思いとしては、大阪経済大学には次の100年も存続し、飛躍し続ける大学であってもらいたいと思います。そのためにも、大学側と学生とが、互いに成長性を感じられるような環境があり、諸先輩方や関係者はそれをバックアップできるような関係であり続けることができれば難しいことではないと思います。そして、大阪経済大学にはそれができると信じています。
 それでは、またお会いできる日を楽しみに、お身体には気を付けてください。ありがとうございました。