学長・野風草だより

No.746

No.746 2016年11月4日(金)

米寿を過ぎてなお元気!14期生

 戦時中、学徒動員で男子学生がいなくなり、昭和高等商業学校は昭和19年に大阪女子経済専門学校となりました。13、14の2期だけでしたが、多数の優秀な女子学生を送り出しました。その後は昭和21年に男女共学制の大阪経済専門学校となり、24年に新制の大阪経済大学が誕生しました。女子経専の卒業生の皆さんは、米寿を過ぎておられます。10月30日のホームカミングデーで懇親会場を回っていますと、元気なおばあちゃんたちがいましたので声をかけました。お聞きすると、14期生の集まりとのこと。4日はみんなで集まられるとのこと。ちょうど梅田に出る用事があるので、顔を出しますよとお約束しました。

 当日はお昼ご飯を食べながらの懇談会でした。米寿を過ぎたので、クラス会は終わりにして、集まれる者だけでも「オシャベリ会」をしようと企画されたそうです。16名が参加されていました。私が出席することは内緒にしていたようで、当日はサプライズでした。皆さまのおかげでこうして本学が現在まで存続できたことへの御礼、最近の大学の様子などをお話ししましたが、皆さん熱心に聞いていただき、「是非みんなで大学に行ってみたい」、「今度のホームカミングデーには出席しよう」などと述べられていました。
 現在、女子学生は何%いるでしょうか?5%、15%、25%の3択で手を挙げていただきました。15%が多かったですね。現在は、全体で1853名、24.0%ですと正解を言うと、ええっと皆さん驚かれていました。そして私たちの頃は・・・・という昔話に花が咲いていきました。こうしたすばらしい卒業生がいらっしゃることは、本学にとって大きな喜びです。もうすぐですが、卒寿の時、是非ともお祝いに駆けつけますよとお約束をして退席しました。後日、お世話されている柴田悦子さんから、参会者のコメントを頂きました。皆さま、これからもお体ご自愛くださり、母校の発展を見守っていてください。

○14期生の皆さんのコメント
・私たち(14回生)の学生時代教室の窓ガラスは大きく割れ、煙突のついた石炭ストーブはあまり暖かくなく、時には教室中煙ることもありました。

・支那経済研究所の建物には各クラブの部屋がいくつかあって、思い出がたくさんあります。久野先生のことも時折思いだします。

・縁あって学校の近くに60年居住し、年々立派になっていく母校に誇りを感じながら時が過ぎ、米寿を迎えます。戦中・戦後のドサクサで卒業できたこと、今でも“よかった”と思っています。

・運動関係でテレビを見て、経大という文字に出会うと大きな喜びです。

・はじめて入学した遠い昔を思い出すのは、トシをとりすぎましたが、母校が発展していくのはうれしいです。・・・でも校舎の窓ガラスがボロボロだったことが、頭の中にのこっております。

・なつかしい思い出でいっぱいです。先生方のお顔を思い出し、友人との会話も昔のまま思いだします。

・裏門の前で授業をさぼって10人ぐらい輪になってオシャベリしました。ルーブル美術館の分厚い本がワンセットあるのですが、よければもらってください。

・3年生の時、新制大学への大学制度改革があり、専門学校を大学に昇格させるための運動がおこりました。運動の主役は1学年下の15回生。この学年は男子学生が4分の3を占め、戦争の影響で高年齢の学生もいました。私どもも署名など運動に参加、卒業後、大学昇格したことを知った時の喜びは忘れられません。

・戦争で工場へ学徒動員され、あまり勉強していない私たちでしたが、経大で立派な先生がた(これもアトで知った)から講義を聴き、少しづつ世の中のことを考えるようになりました。