学長・野風草だより

No.748

No.748 2016年9月9日(金)

北海道・東川町での学生のインターンシップ

 北海道の東川町というのは、どこにあるかご存知ですか?北海道の中心部にある旭川市の東です。東川町を紹介した2冊の本があります。玉村雅敏・小島敏明編著、吉田真緒著による『東川スタイル―人口8000人のまちが共創する未来の価値基準―』(産学社 2016)は、「Life&Work“小さな経済”の生態系―自然なスタイルで暮らしと地域をつくる」と「Public&Commons 共感と共創が育てる“らしさ”―自分ごと・みんなごと・世の中ごとの好循環」の2部構成になっています。どんな町か想像がつくかと思います。
 東川町自身が編集した『東川町ものがたり―町の「人」があなたを魅了する』(新評論 2016)では、「三つの道(国道・鉄道・上水道)がない」町が北海道にあると、初めに松岡市郎町長が町のことを紹介し、次に町役場の各課ごとに町の様子が紹介されています。「木工の町」(産業振興課)、「写真の町」(写真の町課)、教育環境(教育委員会)、海外交流(交流促進課)、「写真の町 ひがしかわ株主制度」(企画総務課)、「移住の町」(定住促進課)。町長、町役場が先頭に立って、町民たちと共創して、ユニークな町づくりをすすめています。
 ご縁があって、東川町役場で学生たちがインターンシップをさせていただくことになりました。本当にありがたいことです。御礼と学生たちへの激励を兼ねて、東川町をお訪ねしました。町役場では、松岡町長、合田博副町長、そして今回のインターンシップをアレンジしていただいた高木雅人定住促進課課長とお会いして、懇談することが出来ました。町役場の活動などを詳しく紹介していただきました。夜の懇親会では、北海道の美味しい魚、肴、野菜などをいただきながら、町役場や地元の方々にたくさんお出でいただいて交流し、さらに具体的な町の様子をお伺いすることが出来ました。
 泊りは、「小西健二音楽堂」という、音楽を愛して暮らしていた町民のお家でした。グランドピアノやチェンバロがあり、生前は音楽コンサートが開かれていたそうです。そしてすばらしいステレオがあり、私は大音響!でクラシックや日本歌曲を聞くことが出来ました。今までで一番素敵なレコード(CDではない)鑑賞となりました。

 翌日は、海外交流の様子を知りたくて、東川町立東川日本語学校でのウズベキスタンの短期留学生の修了式に、飛び入りで参加させてもらいました。東京の大使館からも書記官が来られていました。
 それから、私は農業を研究しているので、せっかくだからと農協を訪ねることにしました。『東川町ものがたり』を読んでいると、「この樽井組合長が師匠と仰ぐのが、山形県でスイカ栽培されている門脇栄悦さんである。」(50頁)とありました。ええっ!!!びっくり仰天です。とすると、私は東川町に来たことがある。初めてではない・・・???早速、門脇さんに電話すると、そうですよ、あの時のバラ農家の樽井功さんですよとのこと。こんな奇縁があるんですね。記録を調べると、確かに1999年7月25日に門脇さんと訪ねていました。樽井さんと10数年ぶりにお会いして、うれしくて思わずハグしてしまいました。今は組合長として、東川米の「ゆめぴりか」の普及に努めているとのことでした。大雪旭岳源水のミネラル豊富な清流と健康で広大な大地で作られた東川産ゆめぴりかは、今年の全国品評会では魚沼産のコシヒカリに次いで高い評価を受けたそうです。少しだけいただき、自宅で食べると家族中が絶賛でした。

 町はずれの北の住まい設計社を訪ねました。東川町は豊富な木材資源を活かした木工が盛んです。ここには、東京のオーガニックコットンで有名なアバンティの商品が置かれていました。アバンティでも、今年、2名の学生のインターンシップをさせていただきました(野風草だよりNo.735)。ありがたいご縁を感じました。
 午後からは、3名の学生たちのインターンシップ先を訪問しました。3名とも元気で仕事をしていました。こうして北海道まで来るのは大変だったかと思います。学生たちにどうしてここへ来たのかと尋ねてみると、北海道への憧れもあるが、何よりこうした元気な町づくりがどうして可能になったのかに興味があったとのことでした。3名の学生は、産業振興課、交流促進課、写真の町課で一所懸命に仕事をしていました。
 私は東川町で3日間過ごしてみて、自然の豊かな恵み、ゆったりとした時間の流れ、温かな人の付き合いを強く感じました。こうした素敵な機会を作っていただいた松岡町長をはじめ東川町役場の皆さん、町の人たちに心から御礼申し上げます。そしてご縁を結んでいただいた進路支援センターのインターンシップ課の方々に感謝いたします。

○経営学部経営学科3年の中野光太さんのコメント
 東川町は「写真の町」であり、中心市街地から車で数分で観光スポットに行くことができ、北海道の中でも最も条件のいいところに位置しています。人口はここ10年間で350人程度増え、現在は約7900人となっています。実習の中で印象に残ったことは、自分の想像していた公務員の業務とは全く違ったということです。私は、公務の仕事を行うと伺っていたので、デスクワークといった役場の中での仕事内容を想像していました。しかし、9日間あった実働の内、想像していたデスクワークを行った日は2日間しかありませんでした。倉庫の整理や写真展の展示変更業務を聞いたときはとても驚きました。想像していなかったからとはいえ、同じ作業を出勤から退勤まで繰り返しこなす際に、集中力を切らさずやりきることの難しさを学びました。

○人間科学部人間科学科3年の中島可菜子さんのコメント
 スタッフの方の同行が多く、毎日いろんな方と仕事をしました。初めの頃は緊張しましたが、みなさん気さくに話してくださり、初対面の方でも人見知りせずお話しすることが出来ました。交流促進課ではたくさんの国の方が勤務されていたので、たくさんの異文化が溢れていました。そのため、他の人と話してみたいと思い、人見知りすることなく、たくさんの役場の方とも話すことが出来ました。ここで様々な国の価値観や、生き方を知ることが出来ました。以前よりは、人見知りせず色んな人と話すことが出来たと思います。また、改めて社会ではコミュニケーション能力が大切だと痛感しました。

○経営学部経営学科2部3年の小倉 遼太郎さんのコメント
 私は、産業振興課に配属させて頂きました。実習内容は、東川米の新米キャンペーンの予約者名簿のパソコンでの打ち込みや、旭岳ガイドブックのパンフレット作り等の事務的な仕事や、絵画の複写のお手伝い、留学生の旭岳散策観光のガイドの補助、旭岳の遊歩道の清掃など様々な仕事をやらせて頂きました。旭岳ガイドでは、事前に旭岳を散策し、旭岳についての説明を聴き、留学生にその教わったことを説明するなどをしました。 
 留学生の旭岳散策ガイドの補助は、留学生が先に進んだりついてこない場合は、ついて来るように誘導するということを任せて頂きました。留学生の方々は中国や韓国といったアジアから来られた留学生が多くほとんどが日本にきて間も無く日本語が話せない方が多くいました。その中で列を崩さないように誘導することはとても苦労しました。その中でもガイドをなさっている職員の方は、日本語でどんどん留学生に話しかけて交友関係をつくっていました。自然に話しかけることで言葉や国が違っても、伝わるということを知りました。