学長・野風草だより

No.750

No.750 2017年1月5日(木)

新年互礼会での年頭の挨拶

 新年互礼会は、第1会議室で「新年明けましておめでとうございます」の唱和の後、佐藤理事長からの年頭の挨拶、私からの新年の挨拶を行いました。そして学歌の1、2番を斉唱して終わりました。その後、永年勤続表彰式が行われ、30年が1名、20年が4名、10年が16名、理事長より表彰されました。以下は、私の挨拶です。


新年、明けましておめでとうございます。昨年もお世話になり、ありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。

 本日は、2つお話ししたいと思います。まずはじめに、昨年12月で学生に関わり、うれしかったことを幾つか紹介したいと思います。12月17日、アメリカンフットボール部の入れ替え戦が行われ、17対7で勝利し、12年ぶりに2部昇格を果たしました。一時は廃部の危機もありましたが、よくぞ復活してくれました。その後、新田主将など4年生が報告に来てくれましたが、東京から来てくれる監督の指導などは土・日しか受けられないので、平日の練習をどうするかを学生たちで相談しながらやってきた。彼らは「学生主導」を強調していました。いいですね。結局、グランドでプレーするのは学生たちなんですから。
 この試合でもう一つうれしかったのは、24年ぶりに1部昇格を果たしたサッカー部の1年生たち30人ほどが、総監督・監督とともに応援に駆けつけてくれたことです。チアリーダー部の女子学生たちも寒空の中で、懸命に応援してくれました。こうしてクラブ間の横のつながりが生まれてきています。本学の教職員はもちろん、クラブのOB・OGも含め70人ほどが応援してくれ、2部昇格の感激を味わいました。

 12月22日に吹奏楽総部のウィンターコンサートが尼崎アルカイックホールであり、演奏とマーチングを楽しみました。毎回芸術系クラブの学生たちはよく来ているのですが、今年は硬式野球部の選手、女子マネたちが60名ほど、チアリーダー部とともに聞きに来ていました。関六の試合での吹奏楽とチアーの応援に対するお礼だそうです。今までになかったことです。こうした小さなお返しの積み重ねが、大経大を大きく発展させていくのではないでしょうか。

 12月18日、日経BPの主催による第7回西日本インカレが本学で開かれました。本学より5チームのゼミが参加し、予選を通過した本選出場9チーム中本学が4チーム残り、服部ゼミが見事準グランプリに輝きました。おめでとうです。その際、あるゼミで車いすの障害を持った学生がゼミ仲間と出場していました。12月17日の学生奨学論文の表彰式でも、同じく車いすの学生が入ったゼミが努力賞を獲得しました。こうして障害者と健常者の学生がゼミを通じて、ともに学び合うつながりが生まれてきていることをうれしく思います。教務・学生部の皆さんのサポートにも感謝いたします。
 12月10日、近江舞子で進路支援センターによる就活塾、大樟塾が開かれ、お昼時に激励の挨拶に伺いました。今年は111名の応募があり、面接などの選考を経て、29名が1泊2日の合宿に参加していました。4年生の先輩たち、外部のスタッフたちの皆さんが、塾生のために懸命に教えています。外部スタッフの方々にお聞きすると、年々良くなってきているし、大経大の学生を教えるのは楽しいと言って下さいます。こうした学外の大経大の応援団が増えてきているのは、うれしいことです。
 最後に12月15日に開かれていた教務・学生・進路の職員さんたちによる窓口業務懇談会を紹介します。40名ほどが参加しており、失敗談、成功例などの経験交流をしていましたが、本当に学生たちに愛情をもって誠実に対応されていることに感動しました。数年ぶりの開催らしいですが、是非とも毎年してほしいものです。


 こうした幾つかの例をあげましたが、私は学生たちが確実に変わってきていることを実感しています。私は「ゼミの大経大」、「マナーの大経大」、「就職の大経大」を一貫して言ってきましたが、学生たちに目線を合わせれば、今までにない大きな変化が生まれてきています。教職員の皆さまの毎日の努力によって、「地殻変動」が起きている、学生たちが大化けしていく可能性が生まれてきていると言っても過言ではありません。これまでのお仕事、努力は、間違ってなかったという確信を持ってください。
 そこで私は、新年にあたり、新しく次の3つを提案したいと思います。すでに断片的には言ってきましたが、「大経大プライド」、「大経大プロフェッショナル」、「大経大ファミリー」です。大経大をもう1ランクジャンプさせるために、「大経大プライド」、「大経大プロフェッショナル」、「大経大ファミリー」。
 学生たちが大経大に誇りを持てるようにしましょう。入学生の半分ほどは本学が第1志望ではありませんが、卒業する時には大経大に来て良かった、働き出してから大経大の卒業だと胸を張って言えるようにしていこうではありませんか。そのためには私たち教職員が、大経大に誇りを持っていなければなりません。
 ゼミ活動、クラブ活動、就職活動、留学、教職、公務員、さむらい資格、大学院などなど、一流と言える、さすが経大生とうならせるプロフェッショナルを育てていこうじゃないですか。励ましながら、成功すれば誉めていく、表彰する。そのためには私たち教職員が、研究や教育のプロ、一流でなければなりません。日々研鑽を積まなければなりません。
 最後に、学生たちを中心として、彼らをサポートする教職員、さらには卒業生、地域や企業の大経大の学生を応援してくれるファンを作って、学内外を問わない大経大ファミリーを形成していくことが、これからの先行き不透明な時代において、重要になっていくのではないでしょうか。つながる力No.1です。
 これらは決して私の単なる思い付きではありません。この6年間、学生たちと接して応援しながら、学外の人たちに大経大の良さをアピールしながら、学生たちの中に新しい芽、息吹を私自身が感じているからです。学生たちに目線を合わせていくことこそが、教育の王道であり、鉄板の原則です。今後、皆さまのさらなるご努力により、大経大はどんどん良くなっていくと確信しています。

 さて、もう一つの話は、それら3つのプライド、プロフェッショナル、ファミリーの軸、芯柱になるものは何かということです。もうおわかりのように、初代学長黒正巌博士の言われた「道理は天地を貫く」です。一つ古い思い出を語ります。私の尊敬する恩師の一人に、京大人文研の飯沼二郎先生がいます。1980年4月、九州大学で開かれた日本農業経済学会のシンポジウムの時、先生は会場から、「日本農業の近代化は、大規模化ではなく、日本の伝統に基づいた小規模家族経営で行われなければならない」と、発言されました。会場からは、またかという失笑がもれ、無視されてしまいました。しかし、先生の言われた日本農業の方向性は、今となっては間違っていませんでした。先生は私に、「僕のかばん持ちなんかしなくていいんだよ。頑張っている農家のほうを向いて、研究を続けるんだよ」、といつも励ましてくださいました。
 先生は敬虔なクリスチャンで、社会活動にも熱心で、ベ平連の活動が有名です。30年ほど前ですが、夜8時ころ河原町三条の駸々堂書店(今はない)でリュックを背負った先生にお会いしました。「どうしたんですか?」とお聞きすると、「朝鮮関係の出来たばかりの雑誌を置いてくれるように、一軒一軒頼んでいるんだよ」と言われました。また、別の日の夜のこと。四条河原町の高島屋の前で、1973年のKCIAによる金大中の拉致事件問題に関して抗議のハンガーストライキを何人かとされておりました。この時は、さすがにお声をかけることが出来ませんでした。一市民として、一人の人間としての生き方の厳しさを思い知らされました。韓国民主化運動支援のために渡韓がかなわなかった先生を1998年8月に初めてお連れし、韓国農村をご一緒に回りました。韓国の教会の方々から、この方が金大中大統領を支援して下さった方だと深く感謝されたことを覚えています。

 私は、飯沼二郎先生から学者、研究者として、一人の人間としてどのように生きていくのか、多くの教え、感化を受けました。飯沼先生は、戦前に京大の農業史の教授であった黒正巌博士から教えを受けています。ですから、私は黒正博士の学問上の孫弟子と言うことになります。私は、本学に勤めて30年が過ぎ、黒正巌博士の「道理は天地を貫く」の言葉の大切さを、こうして皆さまの前でお話しできるご縁、有難さを感じています。世間では「無理が通れば、道理引っ込む」とか言われますが、私たちは「道理とは何なのか、天地を貫くとはどういうことなのか」、それを学生たち一人ひとりに一生考え続けてもらうことが、大経大にしかできない、オンリーワンの教育ではないでしょうか。そのためには、私たち教職員もまた「道理は天地を貫く」の意味を考え続け、90周年、100周年に向けて「黒正イズム」を受け継ぎ発展させていかなければならないでしょう。私にもまだこれだといった答えは言えませんが、皆さまともに歩んでいきたいと思います。
 ちょっと小難しいことをお話ししましたが、皆さん、まずは、笑顔で大きな声で、挨拶をすることから始めたいと思います。この1年、よろしくお願いいたします。以上で、新年のご挨拶と致します。ありがとうございました。