学長・野風草だより

No.751~760

No.751 2017年1月15日(日)

「おかげさま・おたがいさま」の「黒正イズム」へ

 『大阪経大論集』第67巻5号に、渡邉勝之編著『医学・医療原論―いのち学&セルフケアー』(錦房 2016)の書評を、「日本文化・日本語に基づくいのち学からみる本書の現代的意義」のサブタイトルで書きました。これは、同書への推薦文に加筆修正したものです。最近の私の考えや心境を書いてますので、一部省略して紹介します。

 私の敬愛する兄が2015年8月に64歳で亡くなった。2002年に腎ガンが発見され、以後肺、内臓、そして脊髄などに転移し、抗ガン剤治療を続けて、2010年には大きな手術を行った。2002年の発病後あと数年と言われながらも、懸命に生き続けた。元気な時には、山歩きや海でのシーカヤック・シュノーケリングなどで自然と交わり、体力的にそれがきつくなると、博物館や遺跡巡りに大好きな車で出かけ、生きがいとなるものを自ら作り出していた。
 兄は工業エンジニアであり、現代の西洋医学に絶対の信頼を寄せ、最先端の治療を受ける努力を続けた。治療・服薬などの闘病記録を克明に残し、同病の人に役立つことを願っていた。時折見舞うと、自ずと医学や宗教の話になっていった。私は多分に宗教的であったので、しばしばぶつかったが、そういう話をする兄は、楽しそうで2時間も3時間も話し続けるのであった。
 すべての先端治療が終わり、ターミナルケアに入った病院でも、食べておきたいものはこれとあれとか言って食べた。残される家族のために生きようとする強い意志を持ち続け、死と真正面に向き合い続けて13年がたっていた。死の20日前に見舞った時、それまでと全く違う兄に出会い、驚いた。闘病記録には、その時から死ぬまでの気持ちの変化を書き留めていたので、遺族の方のご了解を得て、ここに記す(一部改変)。


 私は「生まれ変わった」、「自然の存在をすべて知るには、人間の五感だけでは足りない」、「物質の諸性質は、人間の五感では捉えきれない」、「物質には人間の感性・悟性にいまだ反映されない諸性質があるかもしれない」、「人間の感覚すべてをなくしてもまだ、ザワザワと人間に響く反映すべき何かがある」、「人間がもともと捉えられないものもあるし、かつては捉えられたが、人間が進化の過程で失ってしまったものもある」。
 これこそが、渡邉さんの言う「いのちの体認自証」ではなかろうか。死の直前ではあったが、兄は一生活者として「いのち」の主人公となったのである。

 本書のキーワードを私の関心に沿って紹介しておく。「いのち」とは、一なるもの(地)であり、多(図)として分かれてハタラク実在である。一なるものが潜象としての≪地のいのち:全一場≫、多として分かれたものが現象としての≪図のいのち:生命・生活・人生≫である。これらの≪地と図≫を通貫するハタラキが≪全一気≫である。
 ≪地のいのち≫は、言語以前の領域であり、知性(論理)や悟性(数理)で捉えることは困難であるが、生かされて活きている存在者であることは、一人ひとりが人生において、自感し、自覚し、自証することにより、誰もが実感することが可能である。しかし、人類の進化の過程でほとんどの人間には失われていったのである。
 一人ひとりが再びいのちの体認自証により、「いのちの主人公、からだの責任者」となっていけるようにすることが、これからの医療の基本となる。

 (中略)

 私は40年間農業史の研究をやってきて、日本農法の原理として「まわし(循環)」・「ならし(平準)」・「合わせ(和合)」の3つがあることを指摘した。そして、<天然農法→人工農法→天工農法>という日本農法の歴史と展望を描いた(「日本農法史からみる農業の未来」『大阪経大論集』第66巻5号 2016)。30年間大学教員をしてきて、農家が作物や家畜の「いのち」を育てると同様に、「いのち」ある若い青年たちの未発の可能性を開発するためには、「そっと手を添え、じっと待つ」教育が重要であることに気付いた。私は日常生活で使う日本語で、研究や教育を作り上げようと努力してきた。まだこれだけかと内心忸怩たるものがあるが、今後とも私なりに「(日本)農学原論」、「21世紀日本の青年教育」への道を歩んでいきたい。今回の渡邉さんのお仕事には、大いに励まされたし、焦りも感じている。

 私がいつも肝に銘じ、朝晩のお祈りの際に唱える言葉に、「おかげさま」・「おたがいさま」の2語がある。故郷の松山で2013年に89歳で亡くなった老母に、幼い時から言い聞かされた言葉である。「おかげさま」は、感謝して祈る気持ちであり、渡邉さんのいう「地のいのち」の受容ではないのか。「おたがいさま」とは、生活世界でつながっていく気持ちであり、「図のいのち」のつながりではないのか。日本文化、日本語で生活する私たちは、「いのちの体認自証」を日常生活の中で気がつかないうちに繰り返していたのではないだろうか。
 
 昭和戦前から戦後の農山漁村を歩いた民俗学者の宮本常一は、『忘れられた日本人』の中で、「そこにある生活の一つ一つは西洋からきた学問や思想の影響をうけず、また武家的な儒教道徳のにおいのすくない、さらにそれ以前の考え方によってたてられたもののようであった。この人たちの生活に秩序をあたえているものは、村の中の、また家の中の人と人の結びつきを大切にすることであり、目に見えぬ神を裏切らぬことであった」、と述べている(岩波文庫289頁)。日本列島には欧米の文化、儒教文化、それ以前の文化と、3層の文化があったのである。
 「目に見えぬ神を裏切らない」とは、「おかげさま」の祈りである。「村の中の、また家の中の人と人との結びつきを大切にする」とは、「おたがいさま」と労り合う世界である。こうした生活世界が日本列島には、ごく最近まで確かに存続、伏流していたのである。最初に紹介した兄がいのちの体認自証できたのも、こうした世界が基層にあったからであり、老母の教えがあったからであり、死と真正面に向き合い続けたからであり、それが突然表出しただけのことであろう。決して特異なことではなく、日本列島で生活するすべての人々に可能性として開かれているのである。

 (中略)

 渡邉さんは、先ほどから私が紹介している「『おかげさま』や『ありがとう』の日常よく使用される言葉は、特定の対象的な誰かに向けて使われるだけではない」(本書38頁)と述べている。「特定」ではなく「不特定」、「向かう」ではなく「受ける」を考えてみよう。私たちは、特定の神や仏ではなく、不特定な何ものかに向けて、祈ったり感謝したりする場合も多いのではなかろうか。しかし、その不特定の何ものかが何かは、とくに名付けて自覚していない。
 そして不特定な何ものかによって生かされて活きていると、何ものかのハタラキを受容・感受した時、私たちは「おかげさま」、「ありがたや」の言葉がついて出る。このように、不特定な何ものかと「私」は結ばれているのである。渡邉さんの表現で言えば、≪いのち≫が<私>を表現しているのである。「お・かげ」、「み・かげ」の「かげ」。この「かげ」は、渡邉氏の言う「いのち」と、どういう関係にあるのか。全一気のハタラキにより創発された「光」と、「かげ」はどのような関係にあるのだろうか、今後私なりに考えてみたい。
 本書の現代的・画期的意義は、不特定な何ものかを、日本語の「いのち」と名付けて、再び「いのち」の体認自証へと導き、「全一学」により「医学・医療原論」を展開した点にある。

 私が勤めている大阪経済大学の初代学長黒正巌博士は、百姓一揆研究の開拓者であったが(私は黒正博士の学問の孫弟子にあたる)、「道理は天地を貫く」と述べた(『黒正巌著作集』全7巻 思文閣出版 2002)。「道理」を「いのち」と、「天地」を「図・地」と読み替えれば、まさに本書の主張と重なる。元学長である鈴木亨先生は、西田哲学の後継者であるが、「存在者逆接空・空包摂存在者」(=地のいのち、おかげさま)と述べ、「響存的世界」(=図のいのち、おたがいさま)を主張した(『鈴木亨著作集』全5巻 三一書房 1996~97)。

 私もまた「おかげさま」・「おたがいさま」を唱えることで、黒正博士、鈴木先生の学統を受け継いでいきたいと願う。ただし、私自身はいのちの体認自証が出来ているなどとはつゆも思っておらず、ただひたすら、「おかげさま」・「おたがいさま」を唱えて祈っているだけである。
 こうして渡邉さんのご労作に対し、書評を寄せることが出来るのは、私にとって望外の喜びである。本書をお読みいただき、生活者として「いのち」の体認自証への近づき、羅針盤としていただくことを願ってやまない。