学長・野風草だより

No.762

No.762 2016年12月24日(土)

日本文化の粋―盆栽・工芸

 京都・岡崎のみやこめっせで、「日本盆栽大観展」が開かれていたので参りました。本学の就職でお世話になっている方が出品されていて、招待券をいただきました。一昨年に来た時も驚きましたが(野風草だよりNo.532)、盆栽に「小宇宙」を感じます。松や紅葉、実のなるものまで、ありとあらゆるものが盆栽に仕立てられています。写真は、松(招待券)と「かりん」(これは当日配布されていたチラシ)です。「仏手柑」なるものも初めて見ました。仕立てるのは、何らかのルールというか決め事があるのでしょうが、ただただ大変だろうなと思います。毎日、木が木でないだろうと思います。庭の樹木の剪定でも、ちょっとほったらかすと花が咲かなかったり、虫に食われてしまいますから。
 今年の発見は、「石」です。これにも「銘石」と言うのがあるみたいです。産地の名前や謂れがついて展覧されていて、見ているとなかなか面白いのです。加茂川石、八瀬巣立石、瀬田川虎石、根尾菊花石銘「紅曼荼羅」などなど。じっーーーと見つめていると、何かしら感じてくるものがあります。盆栽は生き物ですが、樹木の何十年、何百年をはるかに超えて、石は何千年、何万年と「生き続けてきた」んだなと思えてくるのです。

 同じ岡崎の細見美術館で、「驚きの明治工藝」展がありました。台湾の宋培安氏のコレクションを展覧したものです。以前に大阪歴史博物館や宮川香山の作品展で明治の「超絶技巧」に感嘆していましたので(野風草だよりNo.714)、今度はどんな作品が展示されているのか興味津々でした。金工の「自在置物」の龍が、ケースの中で吊るされているのは圧巻でした。そして「自在蛇」もケースの中で、まるで生きているがごとく動き回りそうです。「写実の追求―まるで本物のように―」ということで、金工の自在置物と木彫が陳列されています。「羽衣」、「柄杓蛙」などまるで生きているがごとくです。

 「技巧を凝らす―どこまでやるの、ここまでやるか―」のコーナーでは、京都の陶磁、明治の七宝、山田宗美らの鉄などの細工、天鵞絨友禅、象牙彫刻が展示されていました。明治の美術というと、日本画や洋画のほうに興味関心がいっていて、最近まで職人的な工藝にはその存在すら知りませんでした。今回の展示で、さらに深く広く「驚きの明治工藝」(図録は美術出版社)を知ることが出来たのは、この上ない喜びでした。

 「日本伝統工芸展」が、京都の高島屋で開かれていましたので、立ち寄ってみました。志村ふくみさんのお弟子さんである染織の村上良子さんが、昨年人間国宝に指定されていたので、どんな作品を作られるのだろうかと見たかったのです。紬織の「彼方へ」は、期待にたがわぬ上品で美しい着物でした。会場には、陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸の7部門の作品が並べられています。現代の作家たちが、伝統を活かしながら、果敢に時代と渡り合っているさまがわかります。一点一点、見入ってしまいます。7部門もあるので、ちょっと疲れてしまいました。

 こうした何千年にわたり営々と受け継がれてきた工芸が、「驚きの明治工藝」、「伝統工芸」として今もなお、私たちの身近で鑑賞できることはありがたいことです。それらは高価でとても手元において使うところまではいきませんが、私は全国各地の「ネクタイ」や「食器」を愛用しながら「工藝」の美の断片を感じています。