学長・野風草だより

No.774

No.774 2017年2月1日(水)

鴻池朋子のアート―根源的暴力をこえて―

 新聞の書評で、鴻池朋子の『どうぶつのこえ―根源的暴力をこえて―』(2016 羽鳥書店)を知りました。根源的暴力とは、いったいどういうことなんだろう?ネットで調べると、新潟で「根源的暴力」の個展をしていましたので、居ても立ってもいられず、新潟まで飛んでいきました。これまでに神奈川と群馬でやっていました。チラシの裏には、次のような紹介文が書かれていました。
 「人間の思索のみに閉じるアートに強い意識改革を求め、芸術の始まりに立ち戻って人間がものをつくることへの問い直しを試みてきた鴻池朋子の個展「根源的暴力」。今回はそのVol.3として「皮と針と糸と」を開催いたします。本展では反響を呼んでいる24メートルに及ぶ≪皮緞帳≫を始め、鴻池作品に多く見られる“縫う”という行為に焦点を当てます。ホモ・サピエンスが5万年前に針という道具を発明し、防寒服をつくり世界中へ旅立ってから今日まで続く裁縫は私たちの中に手芸として息づき、一方、美術からは劣るものとして周縁に押しやられてきた日常の手仕事です。しかしそこには、私たちの体内に封印されてきた痛みや喜びが豊かに縫い繕われ、新たな声となり外界へ解き放たれる力が潜んでいます。「人間がものをつくり生きていくということは、自然に背く行為であり根源的な暴力です」と、鴻池は再帰的な矛盾を投げかけ私たちを挑発します。ここ新潟の土地の手触りとともに、その芸術の問いを観客とともに考え、紡いでいきます。」

 チラシには、鴻池朋子について次のように紹介されています。「1960年秋田県生まれ。東京藝術大学日本画専攻卒業後、玩具の仕事に携わり、その後、絵画、彫刻、映像などを駆使した壮大なインスタレーションで森羅万象の物語を描き続け、国内外で高い評価を得ている。」個展の主要作品は、『根源的暴力』(2015 羽鳥書店)で見ることが出来ます。
 「根源的暴力」とは何か。上記の二つの著書には、とくにはっきりとは書かれていません。2015年の神奈川での最初の個展でなぜ「根源的暴力」と付けたかに関し、インタヴュー記事で次のように述べています。「私は漢文学者で東洋学者でもある白川静さんのエッセイ『文字逍遙』を読むんです。それで「つくる」という言葉の語源を調べると、本来何もない自然だったところに1本の杭を立てていくような行為であり、自然を変更し、手を加える「つくる」行為自体が自然に背く行為である、とありました。これは自分なりの解釈が加わっているので正確ではないですが、いずれにしても「つくる」には自然に対抗するような荒々しい意味が含まれている。でもそれは、単なるバイオレンスでもない。人間存在の深いところにあって、人間誰しもが持っているものであるという意味も込めたくて、「根源的暴力」というタイトルをつけたんです。」 www.cinra.net/interview/201510-konoiketomoko

 鴻池朋子は、2011.3.11の東日本大震災を受けて、2015年の最初の個展で、次のようなメッセージを書いています。「ゆっくりと停止  もし仮に 再び元に戻ったとしても 同じものではいられない/四年半前のある日 地球の振動を感じた私の体は/そうつぶやいてゆっくりと制作を停止していった/あれもこれも違うと全感覚が否定しはじめたからだ/しばらくすると 私の目はなにも見なくなり 手はまるで描かなくなった/元の生活をトレースするには まったく違う体になってしまったのだ/これには驚いた (後略)」それから東北などへ旅に出て、停止と空回りと会話を続けるのでした。
 『どうぶつのこえ―根源的暴力をこえて―』には、次のような言葉が書かれています。「皮絵の手前には当然、畜産、屠殺がありその工程も自ずと知るようになる。そしてしばらくして、なぜ粘土を触ったのか、皮を選んだか、縫ったのか、ツギハギなのか、吊るしたのかがするするとつながり、同時に「根源的暴力」という不遜なタイトルも素直に意味を失っていった。たとえ芸術の始まりが「自然界のものを切り離して人間界へ引きずり込む」ことであったとしても、しかしもはや私は、切り離した自然を人間に対峙させてみることによって、自身の存在確認をしようなどとは思ってはいない。体は経由する媒体なだけなので、自己表現という概念ももともとない。むしろそれよりも、既に私たちは自然と連続しているのだという実感を、どうしても感じずにはおれないような切実な時代の瀬戸際に立たされているのだと思ったほうが良い。また、私たちが何かものづくりをおこなうとき出会う自然界の素材には、人間の感覚を揺さぶって再び記憶を捉えなおすだけの力が潜んでいるということも。」(364頁)

 新潟県立万代島美術館は、朱鷺メッセ万代島ビルの5階にあります。正直、今まで出会ったこともないアートでした。24メートルにわたる皮を継ぎ合わせた大緞帳に、獣、魚、鳥たち。人の内臓や血管。そしてそれらを包み込む雪や風、大自然。立ちすくみ、歩き、座り、見つめ、目をつむり、そんな繰り返しで1時間、2時間と過ごしました。皮絵の裏側のツギハギの皮全面には、走馬灯のように獣たちの影絵が回り、横には頭巾をかぶった人間たちが20体ほど立っています。狩人でしょうか。他にも皮を大きな着物の形に整えて、魚や鳥獣が描かれています。
 美しいとか気に入るとかという反応は、全く起こりませんでした。何か怖いというか、怖れといった気持ちです。今まで私の中にあった整頓されたというか、行儀よい美意識が破壊されていく感じなのです。何とか理解しようとする、意味を見つけようとすることを放棄しました。皮絵から伝わってくる何かを感じるだけです。今まで全く使っていなかった部分の想像力が、突然活性化しはじめた感じです。私に浮かんできた言葉は、皮、獣といった生々しい動物臭さを遠ざけて生きてきた私のこれまでの現実とは違う、「異界」でした。

 私は40年間、農業史研究をしてきましたが、酪農や牧畜などの動物関係は全くやっていませんでした。田畑での作物栽培の耕種農業でした。小さい頃から動物やペットなどを飼ったことがないからかもしれません。農業は約1万年前に始まったとされていますが、現生人類のその前の約19万年間は採集・狩猟生活でしたのに、関心は薄かったのです。日本列島においても、約4千年前の縄文晩期から弥生以降の耕種農業しか射程に入れてきませんでした。今回の鴻池朋子展は、そんな私を根本からグラグラッとさせたのです。64歳になってしまっては遅いかもしれませんが・・・
 『農業は人類の原罪である』という刺激的な翻訳タイトルをつけたコリン・タッジの本があります(2002 新潮社)。農業は楽しいからではなく、よく機能して人口増大に役立ったから拡大したのであり、もはや後戻りできい、原罪ともいうべきものを背負ったのである。しかも環境破壊であり、大型動物を絶滅させてしまったと論じています。

 唐突ですが、私が若い時から傾倒している守田志郎の最後の著作に、『農業にとって技術とはなにか』があります(1976 東洋経済新報社 その後農文協の人間選書として再刊 解説を私が執筆した)。そこには次のような言葉があります。「農法は、土とのとり組みの暮しにおける人のあり方の理念でもある。人の欲望を土に向けて放ち、そこに超ええない則を体験的にさとることによって人の存在の永劫を得ようとするのであろう。」「農耕は工業とちがって、人間が生きていくについての本源的な営みであり、その営みが地球の表面なる自然生とのかかわりですすめられてきているという、技術を越えた論理の世界のものである」(pⅲ)「農法に概念として『技術』は無い」「それを超えようとし、あるいは超えさせようとすることに『技術』の概念の持ち込みの動機がある。」「技術は、何かを作るにあたって物を対象化させるために人が編み出す方法」(p16)「対象化の度合いは充分な場合も不充分な場合もある。」(p15)「農耕から離れて一つの生産分野が出来ていくとき、そこに技術という概念の形成がはじまる」(p15)「技術は工業の概念なのである。」(p19)
 私は、40年間未だにこの守田の言葉を咀嚼できずにいるのです。鴻池の言う「根源的暴力としてのつくる」の視点から、農業を捉えるとどうなるのでしょうか。農業は「つくる」のではなく、「育てる・育む」のが本来的でした。農業は、今後の人類にとって絶対不可欠のものなのか。「異界」と通じた根源的に、RADICALに越えていく農業とは、どのようなものなのか。鴻池朋子さんが「3.11」にまっすぐに向き合い続けた営みに、敬服します。そして、個展の作品と著書によって、啓示をいただいたことに心から感謝いたします。私にとって、伊藤若冲、堀文子(野風草だよりNo.585)、志村ふくみ(野風草だよりNo.682)、宮川香山(野風草だよりNo.714)、三浦景生(野風草だよりNo.734)に続く、6番目の新たなるアートの衝撃的な出会いでした。ありがたや、ありがたやです。

 見終わった後、夕方に新潟駅前の「日本酒スローフード 方舟」で一息つきました。村上の鮭とばを日本酒に漬けた酒蒸し、栃尾の南蛮味噌でいただく油揚げ神楽、十日町の妻有(つまり)というへぎそばなど新潟の美味しい肴と、越乃雪月花、吉乃川、八海山など新潟の銘酒を飲みながら、頭がクルクル回り始めました。酔いしれながら、もう一度根本から農業史研究を作り直さないといけない、さらには人生を見直さなければならないと、感じ始めていました。今からでも遅くない・・・

 後日、原始芸術とはどんなものだったろうかと思い、東京上野の国立科学博物館で開かれている「ラスコー展」を見てきました。フランスのラスコー洞窟に残された、2万年前にクロマニョン人が描いた大型シカやバイソンの壁画が、実物大で再現されていました。ああこんなものかとわかりましたが、それ以上の感慨はわきませんでした。