学長・野風草だより

No.775

No.775 2017年3月20日(月)

春来る。アニメ映画「この世界の片隅に」

 やっと春が来ました。庭の木々も春を感じています。常緑樹もいいんですが、落葉樹は春を感じとって、新芽、花芽が勢いよく芽吹いてきます。前に佇んでいると、何となくこちらに伝わってくるものがあり、元気をもらえます。右の写真は、我が家の庭の花芽、新芽たちです。50音順にいうと、紫陽花、石楠花、南京桃、木瓜、真弓、山吹、雪柳、陽光桜です。どれがどれだかわかりますか。私はどうもカタカナ書きの花よりも、和風っぽいのが好みです。

 最近、こうの史代原作、片渕須直監督のアニメ映画で、「この世界の片隅に」を見ました。今から70年ほど前の戦時中、戦後の呉、広島を舞台に、普通の人々の生活が戦争、原爆によっていかに壊され、そして復活していくか。たんたんとリアルに描いていっています。いのちの破壊、生活の破壊、そして人生を破壊されながらも、たくましく労り合いながら復活していく日本人の庶民の生き方を描きます。広島弁は故郷の伊予弁に近いので、よけい親近感を感じます。じんわりと伝わってくる感動があります。それが何か、私は2回見ましたが、まだ十分言葉にできていません。2016年キネマ旬報ベストテン・日本映画1位、(アニメで1位は「となりのトトロ」以来)、日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞など、数々の賞を取っています。観客動員数では、同じアニメ映画「君の名は。」(野風草だよりNo.743)に及びませんが、すでに150万人を突破し、SNSや口コミで静かに普及しています。

 原作のこうのさんは、パンフで次のように述べています。「当時の戦争を体験した人に、まずは観ていただきたいです。共感できるところがあれば「ああ、こうだったな」と、そうでなければ「いや、こうだった」というふうに、いろいろな人と、あの時代について語り合う糸口になってくれればいいなと。そして、生きのびて、そういう時代があったことを私たちに伝えてくれたことに感謝したいです。
 それから、連載当時の2007年~2009年に比べると今は、世の中が「風化しそうなものを語り継がねば」という気分よりも、むしろ新たな戦争に近づいている気がします。ともすれば戦争もやむなしと考えてしまう時、想像を巡らせるきっかけくらいにはなるかもしれないです。」

 監督の片渕さんは、パンフで次のように述べています。「最初に原作を読んだ時に、すずさんみたいな人の上に爆弾が降ってくるようなことが可哀想で可哀想で仕方がなかったんですよ。で、その時に、これを絵空事じゃないものにしたいと強烈に思ったんです。一番大事なことは、すずさんという人が本当にいる人なんだと、僕ら作り手たちが完全に信じ切って作らないといけないと。
 だから、それを実現するための手立てが、ここまで話してきたように、第一には時代や風土を徹底的に考証して背景やシーンに落とし込むということであったし、第二にはこれまでの日本のアニメーションとは違う動かし方で、自然な日常感を出すということだった。
 そして第三の柱に、やはり内面にすずさんと共通している持ってる役者さんに、すずさんを演じてもらうことが必要だと思っていました。普段は飄々としていて、舌っ足らずなたどたどしさがあって、内気で言葉少なだけど、でも内側には様々なものを抱えていて、いざスイッチが入ると、すごく情熱的なとこも出てくる。」

 静かに余韻に浸りながらエンドロールを見ていますと、資料提供者として、「あき書房・石踊一則」の名がありました。ええっ!。今から30年、40年前に故郷の松山に帰る時、広島に寄り宇品港からフェリーで帰っていました。石踊さんは、千田町にあった元の広島大学の横に、古本屋を開いていました。私は開業間もなくのお店に立ち寄って、農業史や経済史の古本をよく買っていたのです。懐かしくて、早速お電話をして、お元気ですか、どんな資料を提供されたのですかをお聞きしました。石踊さんは、戦時中や戦後の呉や広島の地図と写真を復刻出版されていたのです。番地まで入った資料は、映画製作に大いに役立ったそうです。地味なお仕事がこうして役に立つなんて、すばらしいですね。「この世界の片隅」でこんなふうにご縁がつながることに、感謝するばかりです。
 同じ片渕監督の「マイマイ新子と千年の魔法」がアンコール上映されていましたので、観ました。高樹のぶ子原作の「マイマイ新子」をもとに、山口県防府市の昭和30年代と国衙があった千年前とが交錯しながら、少女・少年たちが成長していく話です。ここでも、片渕監督の徹底したこだわりが見られます。「昭和30年代の防府を再現する。昭和30年代の山口弁を再現する。昭和30年代の小道具を再現する。千年前の周防を再現する」。

 マンガ3巻本(2008~2009 双葉社)も読みました。最後に、主人公のすずさんが、「周作さん、ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれて、ありがとう、周作さん。ほいで、もう離れんで、ずっとそばに居って下さい」と言います。
 同じこうのさんの「夕凪の街 桜の国」(2004 双葉社)も読みました。略歴にこう書かれています。「趣味は図書館通いと、カナリヤの<たまのを>を腕にとめて夕焼けを見せてやること。好きな言葉は『私はいつも真の栄誉をかくし持つ人間を書きたいと思っている』(ジッド)」。フランスの文学者アンドレ・ジッド(1869~1951)の自伝『一粒の麦もし死なずば』にある言葉だそうです。