学長・野風草だより

No.788

No.788 2017年4月23日(日)

ラグビーに生涯をささげた岡本昌夫先生の追想会

 岡本昌夫先生を偲ぶ追想会が、本学のE館7階で開かれ、献花をしてラグビーに生涯をささげた先生への感謝の気持ちを新たにしました。以下は、その時にお話しさせていただいた私の追想です。
 式典が終わったのち、会場をD館8階に移して、和やかに会食しながら、先生の思い出を語り合いました。ラグビー協会の関係者、OB・OGや父母会の皆さま、そして現役の学生たち、約100名が集まりました。遺族の方からは、現役学生に対し、新しいユニフォームの目録が渡されました。山内主将が、今年度は1月から体力つくりに努めてきて、5月からはオープン戦で同志社大や天理大など強豪の胸を借りていく。そして今年度は3位を目標に秋リーグに臨むと、力強く決意を語ってくれました。

 岡本先生のお葬儀に出たのは、今から1年ほど前の3月27日のことでした。本日こうして追想会が盛大に開かれることは、岡本先生も彼岸でさぞお喜びのことと思います。長年にわたり大経大ラグビー部を指導していただき、また本学の発展のためにご尽力いただいたことに、心から感謝申し上げます。
 私は33年前に本学に勤めましたが、岡本先生には「徳さん」「徳さん」と言って、可愛がっていただきました。私の記録を調べてみますと、1998年11月に大阪・長居で、2000年12月に京都・宝ヶ池で、ラグビー部の応援をしていました。もちろんAリーグでした。2006年の10月には、摂津グランドでの試合を応援してから、高槻で当時部長であった門田先生らとご一緒に食事をしました。グランドでも食事をしながらでも、ラグビーへの熱い気持ちを語っておられたことが懐かしく思い出されます。

 その後、先生も退職され、ラグビー部内でのトラブルもあり、試合の応援で顔を合わすことはありませんでした。先生も手術をされて大変だったとお聞きしていました。
 数年前にアメフト部の応援に行きますと、スタンドで岡本先生らしき方が、応援されていました。らしいというのは、痩せられてすぐにはわからんかったんです。すると岡本先生のほうから、「徳さん、学長になったんやてな、ご苦労様」と声を掛けていただきました。「アメフトのルールは、ようわからんのや」と言われながら、観戦されていました。その後も何回か、お会いしました。退職されてもこうしてクラブのために、わざわざ応援に来ていただけることは、ありがたかったです。いろいろあってラグビー部の応援に来れなかったことは、さぞや心残りだったのではないでしょうか。

 私はラグビーというスポーツが好きです。フォワードのスクラムでのぶつかり合い、バックスのスピード感あふれるパス回し、そして何より審判のジャッジに従うというスポーツマンシップ。私は学長に就任してから、2012年に1回、13年に2回、14年に3回、15年に2回、16年に2回、計10回応援に参りました。勝ったのは4回、勝率は4割、ちょっと低いですよね。これが6割、7割になれば、Aリーグ復帰も夢ではありません。
 岡本先生に対する長年のご指導に対する何よりの恩返しは、Aリーグ復帰です。先生は37年間Aリーグで戦い、2度の全国大会出場を果たされています。現役の諸君、Aリーグ復帰を合言葉に、練習に励み、試合に臨んで欲しいと思います。OB・OGの皆さんも、父母会の皆さんも、大学としても、それが一番の願いです。現役の諸君、頑張ろうぜ!以上で岡本先生を追想する言葉と致します。