学長・野風草だより

No.799

No.799 2017年6月4日(日)

熊本で開かれた大樟会35期生会

 大樟会の第35期生の集まりが熊本であり、お招きを受けて出かけました。2015年5月に自宅近くの百万遍の「梁山泊」という有名な料理屋さんで開かれた同期会に出席したのが、お付き合いの始まりです。
 熊本ということで、かつて本学に勤められ(1994~96)、今は熊本学園大学の学長をしておられる幸田亮一先生をお訪ねしました。熊本学園大学には、関西農業史研究会のメンバーである土井浩嗣先生もいらっしゃいますので、3人でしばし歓談をしました。昨年の熊本の地震では、学園大学の学生さんが最後まで行方不明となり、ご家族の懸命の探索で発見されました。卒業証書をご両親にお渡しした時の話など、大変なご苦労をされてきたことをお伺いしました。ちょうど復旧のための足場がはずされて、「正常」に戻りつつあるとのことでした。熊本学園大学のさらなる発展をお祈りいたします。
 35期生会は、熊本城近くのホテルで開催されました。写真からわかりますように、現在は天守閣の復旧が進んでいるそうです。参会者は、13名でした。馬刺し、芥子蓮根で舌つづみを打ち、球磨焼酎を味わいながら、近況などを語り合ううちに、楽しいひと時が過ぎていきます。皆さん、70歳を過ぎてなお盛ん。来年は岡山あたりでまた会おうということで、話がまとまっていました。大経大で青春を過ごした思い出を共有しながら、こうして50年がたっても、つながりが続くのは本当にすばらしいですね。

 夜は二次会のカラオケを途中で抜け出し、熊本市内のジャズバーを探検しました。宿泊先のホテルの近くの新市街の銀杏通りで、「アフロブルー」というライブをしている店を発見しました。その日は、豊田隆博さんという盲目のジャズピアニストが演奏されていました。スタンダードナンバーを端正な演奏で気に入り、早速CDを買い求めました。サポートされている奥様に、盤面にサインをしていただきました。そして休憩の時には、お話を聞くことも出来ました。福井でもジャズバーに参りましたが(野風草だよりNo.626)、こうした思わぬ出会いがあることは、うれしい限りです。

 翌日は、濱忍さんのお世話で、天草を訪ねることが出来ました。熊本市内から世界文化遺産の三角西港を見学し、天草島への橋を渡って、千巌山から眺める点在する島々の姿は美しく、さすが「天草松島」と言われるのもむべなるかなです。有明海は、さらに太平洋、南洋へとつながっています。
 「天草更紗」と呼ばれる、インドネシアのバティック風の織物が復元されているとのことでしたので、ネクタイを買おうと思い、探しました。前日には、熊本学園大学の近くで、高津明美さんのギャラリーをお訪ねすることが出来ました。右の写真は、復元された天草更紗です。江戸時代に長崎から伝わったと言われています。
 そしてこの日は、天草の「野のや」を迷い迷いしながらお訪ねすることが出来、中村いすずさんからお話を聞きました。2階の仕事場も見せていただきました。天草更紗は、今まで集めていた日本の伝統的な柄とは、一味違います。1989年3月に研究会の友人とインドネシアを調査した時に買い求めたバティックのカッターシャツは、派手な柄で「アブナイ」ですが、襟が少々擦り切れても今も愛用しています。30年ほど前のことですが、買った時のことが懐かしく思い出されます。

 昼ごはんは、天草名物の「鯛茶漬け」で、天草を味わいました。そして、帰りのフライトが気になってきましたので、天草とはお別れしました。最後にワガママということで濱さん、どこかで温泉ありませんかとお願いしたところ、宇城市の不知火温泉にひと風呂浸かることが出来ました。ちょっとショッパイでした。ここは、デコポンの発祥地だそうです。私は柑橘系が大好きで、デコポン、天草晩柑など、毎朝食べています。おおっ、こんなところでもご縁が結ばれたと感激しました。不知火の海を見てますと、八代(やつしろ)市出身の八代(やしろ)亜紀の「舟唄」が思い出されてきました。「お酒はぬるめの燗がいい・・・」。彼女には、ジャズのCD、「夜のアルバム」、N.Y.でのライブ「夢の夜」があります。スモーキーボイスが素敵です。
 お世話いただいた35期生会の皆さま、濱忍さんに感謝いたします。会の継続と、皆さまのご健勝をお祈りいたします。