学長・野風草だより

No.800

No.800 2017年6月12日(月)

800回!越境する音楽・クレオール

 京都では梅雨入りです。春に芽吹いた葉芽、花芽が動いて、花を咲かせています。ヤマアジサイは2鉢咲いてくれました。写真は「伊予の青絣」です。西洋アジサイは、これから花の色が変わっていきます。ドクダミは強いですね。そして、雪の下、何とも花の形が可愛いです。
 この野風草だよりも800回を迎えました。学長就任後の2010年12月から書き始めて、78か月、1か月に約10回も記事更新をしてきたことになります。2019年10月に3期目が満了出来るとすれば?、残り29か月ほどありますので、1090回の計算となります。とりあえず、1000回達成を目標にすることにしましょう。今後とも、よろしくお付き合いのほどお願いいたします。この5月末で64万回のアクセス数ですので、1か月平均約7,000回となります。これも単純計算しますと、84万回となります。

 5月中旬に理髪店へ行ってカットしてもらっていると、FMラジオで気持ちいい音楽が流れてきました。「ますだ」「まつだ」?、「みほ」「みお」?とか紹介されていましたので、帰ってからネットで調べてみましたが、ヒットしません。ラジオ局に電話で問い合わせしますと、「松田美緒」とわかりました。ブラジル、南米・中米、ポルトガル、ギリシア、東欧などの民族音楽を歌っていることがわかりました。こうした多様性を、彼女は「クレオール」と表現しています。もともとは、アメリカ大陸や西インド諸島、アフリカの旧植民地生まれの人々、混じり合った文化、言語のことを表わすとのこと。
 そして、日本人はどんな歌をうたってきたのだろうかと、「うたの記憶を旅」してきたそうです(NNNドキュメント’16 『ニッポンのうた “歌う旅人”松田美緒とたどる日本の記憶』2016.10.2)。「祖先の生活を受け継ぐ人たちの日本、海のむこうの文化と融合する日本、世界に出て行った人たちの日本・・・その風景はさまざまだが、これらの歌のどれをとっても、日本の人びとが自然と共にある暮らしのなかで歌をうたっていた時代を憶えている。歌をめぐる物語から、多様な日本がみえてくる」。『クレーオール・ニッポン』2014 アルテスパブリッシング)に付けられたCDには、山の木こりや猟師のうた、伊王島の隠れキリシタンンのうた、海の漁師のうた、南洋で日本植民地時代のうた、ブラジル・ハワイへ移民した人たちのうた。私が『日本民謡大観』全9巻(NHK 1992)などで聞いていたものとはやや違う、多様な日本のうたが聞こえてきます。大地や海に沈んでいくのではなく、風に乗って浮かび流れていく感じです。
 この浮遊感。何か新しい音楽を発見した感じです。チェリストのヨーヨーマの陸地のシルクロードを旅する音楽に聞き入っていましたが(野風草だよりNo.780)、これは海を渡る「越境する音楽」です。地中海、アドリア海、大西洋や太平洋。この今までと異なる感覚は、以前に鴻池朋子の作品を見た時と一緒で(野風草だよりNo.774778)、私にはこれまで40年間の農業史研究の根本的な見直しを迫られている感じがするのです。この異和感、少しゆっくりと発酵させていこうと思います。

 松田美緒の新しいアルバム「エーラ」(アテネ・リスボン最新録音アルバム)が発売された記念のライブが5月20日、大阪の肥後橋にあるCHOVE CHUVAで開かれていましたので聞きに参りました。ギターとブズーキが山口亮志、ヴァイオリンが太田恵資でした。松田美緒さんは、何か国語も出来て歌い上げていきます。時に哀愁を帯び、時に手拍子で踊りながら、ブラジル、ポルトガル、スペイン、地中海の島々、ギリシア、ブルガリア、マケドニアへと海を渡っていきます。お店の雰囲気も良く、まるで向こうの酒場で聞いているような感じでした。自分の中にある音響板が、勝手に動き回る感じで、いつの間にか時が過ぎていきます。ギターもヴァイオリンもすばらしかったです。
 2部で、旧ユーゴのサラエヴォ出身のヤドランカを追悼する「アンジョ」と「マナ」を歌っていました。ええっ、私も少しだけですが、ヤドランカの名前は知っていましたが、CDは持っていませんでした。どこでどうつながるのか?

 松田さんのご了解を得て、ヤドランカが亡くなった(2016年5月)ことへの追悼の言葉を紹介します。「アテネでレコーディング中に知らせが届いた。 胸のなかで懐かしいあの歌声が聴こえた。“Sto Te Nema”....ヤドランカさんは、中学生の時に初めて長崎で観て、私の歌の原点になった人だった。 温かな声は歴史も自然も人の心もすべて内包して、絵も音楽も豊かで創造性そのもの。コスモポリタンということを教えてくれた。うたは故郷と故郷をつなぐということも。彼女の故郷を見たくて22歳の時にサラエボにも行った。内戦後の傷ついた町で、仲良くなったミュージシャンのひとたちと明け方まで歌って踊った。ヤドランカさんの歌をくちずさめば、すぐに誰とでも仲良くなれた。
 彼女の「鮎かつぎ唄」「俳句」などの唄を聴いて、日本語の表現のイメージがぐんと広がった。私が日本語のうたを探す原点もそこにあったと思う。共演した思い出は宝物。あなたは「マケドンスカ」ねえ、と言われたことも思い出す。マケドニア娘はバルカン半島で奔放で衝動的なイメージ。アレンジちゃんと考えなさいよ、とミュージシャンであることを教えてくれた。
 今回、彼女がうたっていたマケドニアとブラジルの歌を録音した。無限のキャンパスに世界中の愛のうたを描いたヤドランカさんへ、尊敬と感謝をこめて。ヤドランカさんがいなかったらこんな歌を歌っていた私はなかった。永遠にあなたの歌は胸にあります。」

 ヤドランカの自伝風エッセイである『アドリア海のおはよう波』(2009 ポプラ社)をアマゾンで買い求めると、何とヤドランカのサインがありました。ラッキー!!!「ヤドランカ」はクロアチア語で「アドリア海」のことだそうです。ベスト盤のCD「Hvala」には、「鮎かつぎ唄」「俳句」が入っています。ヤドランカにより日本を再発見させられます。「誰かがサズを弾いていた」、「あなたはどこに」(Sto Te Nema)、「一日がもっと長ければ」などは、お気に入りです。ジーンときて、涙がこぼれてくるような柔らかい気持ちになってきます。音楽でこうした気持ちは初めてと言っていいかもしれません。
 「AMALIA」は、ポルトガルのファドの女王アマリア:ロドリゲスに捧げられています。彼女のCDは何枚か持っていましたので、聞いていました。そして「ありがとうアマリア」のCDがあるファドの月田秀子のライブも聞きました(野風草だよりNo.437)。そして、ちあきなおみのCD「待夢」。何かしら、すべてが一本の筋につながってくるような感じです。私の感性が新しく撚りなおされていく予感がします。松田美緒さんはじめ多くの方々に感謝します。


余談:松田さんのライブは地下鉄肥後橋駅の近くのライブハウスでしたが、うろうろと歩いて探しました。中の島のホテルを舞台としたミステリー、有栖川有栖の『鍵の掛かった男』(幻冬舎 2015)を読んでいると、「日本一短いという触れ込みの肥後橋商店街を一分足らずで通り過ぎ、土佐堀に出たので、筑前橋の方へ向かう。このあたりの地名が旧国名にちなんだものだらけなのは、諸藩の大坂屋敷が建ち並んでいた名残りに他ならない。」(139頁)とありました。納得です。