学長・野風草だより

No.878

No.878 2018年7月15日(日)

鴨川をどり・白石加代子・横山大観

 祇園囃子のコンチキチンを聞きながら、京都では暑い日が続きます。「熱い」と書いたほうがいいくらいです。
 玄関先の「擬宝珠(ぎぼうし)」が今年はたくさん花を咲かせてくれました。若い花序の形が、橋の欄干や神社・お寺の柱の上部の飾りである擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうしゅ)に似ているところから、名づけられたそうです。手前は大学の園芸好きの職員から頂いたものです。最近園芸店では、「ホスタ」の名でたくさんの種類が出ています。斑入りなど葉を楽しむもので、私も一つ買って植えていました。春に芽がにょきにょき出てきて、黄緑色の葉が光を受けて輝きだすと、まさに「いのち」を感じてうれしい気持ちになります。

 先斗町の歌舞練場に「鴨川をどり」を見に行きました。大学の知り合いからチケットをいただき、上等の席で観劇できました。1872年から始まり今回で181回を数えるとのこと、すごい歴史ですね。2013年のときは、忠臣蔵の舞踊劇でしたが(野風草だよりNo.369)でしたが、今回はシェークスピアの「真夏の夜の夢」を下敷きにした「空想い」(戸部和久脚本)でした。尾上菊之丞の振り付けで、舞台は楽しく進んでいきました。道化の犬が筋を引っ張っていきながら、こんがらがっている2組の男女の恋模様、王様と女王との喧嘩も、最後は大団円で締めくくられました。
 2部は純舞踊、「花姿彩京七小町」で小野小町、紫式部、静御前、横笛、出雲阿国、吉野太夫、大原女が様々な趣向で華麗に美しく踊っていきます。花道の奥で、芸妓さんたちが並んで、謡いと三味線、太鼓、大鼓、小鼓、横笛を演奏しています。けっこう年配の方もいらっしゃいますが、今藤政太郎作曲、藤舎呂船・藤舎名生の作調は、舞台の踊りを盛り上げていきます。私は藤舎名生の一管がとても好きですので、芸妓さんの演奏にも聞き入りました。とても優雅なひと時を味合わせていただきました。もちろん馴染みの芸妓・舞妓さんがいるわけではありません。

 白石加代子さんの一人芝居は、何回か見ました(野風草だよりNo.436493)。アンコール上演では、評判の高い筒井康隆の「五郎八航空」と南條範夫の「燈台鬼」を見ることが出来ました。今回は名演中の名演、三遊亭圓朝の「牡丹灯籠」です。2部構成で、前半は浪人と恋仲となった娘と乳母(実は二人とも幽霊)の話が中心で、幽霊が牡丹灯籠を下げて浪人の元を訪ねてくる。浪人は段々とやせ細っていき、下男の知恵で護符で身を守ろうとする。ここらの駆け引きを、一人で見事に演じていきます。怪談噺ですが、時に笑いもあり、あっという間に、前半が終わります。
 後半は、下男が百両をもらって幽霊と取引をしてからの成功と裏切りの後日譚ですが、こちらはあんまり面白くなかったです。前半の怪談だけで良かったのではというのが、正直な感想でした。しかし、76歳の御歳で2時間の舞台を演じきり、私の眼と耳を一人白石加代子に釘付けにし続ける、すばらしい芸に感謝です。

 横山大観(1868~1958)は、岡倉天心の弟子で、富士山ばかり描いていた日本画家というのが、私の印象でした。近くの京都国立近代美術館で、「生誕150年 横山大観展」を見てきました。明治、大正、昭和と順おって90点あまりが展示されているのを見ると、彼がいかに工夫努力を重ねていたのかがよくわかりました。富士山を意識的に描くのは昭和で、また実に多彩な描き方をしていました。明治の「ガンヂスの水」は朦朧体で河の流れを表現しようとする実験的な作品です。大正の「秋色」は琳派風の作品であり、「群青富士」はまあなんと大胆にデフォルメされていることでしょう。そしてなんといっても40メートルをこえる水墨画の画巻「生々流転」は、水の一生、四季の移り変わり、一日の変化を墨だけで巧みに描いていました。昭和では、「或る日の太平洋」など大胆な構図で太平洋と富士を描いていました。
 菱田春草とは大親友だっらしいのも、初めて知りました。同じ天心の弟子でありながら、落ち着いた雰囲気の春草の画風からはちょっと想像できません。西洋の物まねではなく、日本画の伝統を継承しつつ、新たな日本画を創出するんだという強烈な自負で90歳を生き抜いてきた画家なんだと思いながら、美術館の4階から東山を眺めていました。
 4階の常設展では、横山大観と菱田春草の作品が展示されていました。写真家ユージン・スミスの作品が特集されており、「水俣」シリーズの前では立ち止まってしまいました(野風草だよりNo.867)。