学長・野風草だより

No.879

No.879 2018年6月23日(土)

教育懇談会で黒正イズムを語る

 毎年開かれている教育懇談会で(野風草だよりNo.710816など)、今年は50分も話させてくれることになりました。本学での来場数は418組643名で、2016年407組609名、2017年426組641名と少しずつですが増加しています。ありがたいことです。申し込みは483組772名ありましたが、地震の余震のおそれと雨の降りそうな天候の影響で、出席率はダウンしました。
 当日は、はてにゃんが指揮するマンドリンクラブの演奏でオープニングでした。私の話の後は学生の体験談で、就職活動、企業でのインターンシップ、クラブ、一人暮らし、留学、資格取得など、多彩な内容をパワポを使いながら、上手にプレゼンしていました。お聞きになった保護者の方々も感心していました。成績懇談、就職懇談などの個人相談のコーナーは大変にぎわっていました。
 外では、茶道部と邦楽部による野点が行われ、広報隊による学内キャンパスツアーが行われました。午後からはあいにくの雨となり、ご参加いただいた保護者の方々には、申し訳なかったです。

 私の話は、PDFをご覧ください(PDF)。大阪経済大学の歴史と建学の精神「自由と融和」、黒正博士の言葉と黒正イズム、データから見るこの15年ほどの推移の3点をお話しました。ここでは黒正博士のことを書きます。
 黒正巌博士(1895~1949)は、1935年からの昭和高等商業学校の初代校長、1949年からの新制大阪経済大学の初代学長を務められました。昭和高商の再建に当たっては、私財を投じられました。新制大学として認可されるにあたっても、多大の尽力をされました。校長時代には「道理貫天地」、「研学修道」の言葉を私たちに残して下さいました。黒正博士は、大阪経済大学と岡山大学の2つの大学の創立に関与され、教育者、研究者、文化人としても多くの業績・事績を残されました。研究業績については、私も編集に携わった『黒正巌著作集』全7巻(2002 日本経済史研究所 発売思文閣出版)をご覧ください。
 戦前から創立50周年の1982年頃までは、黒正イズムとでも呼ぶ学風が残されていました。創立50周年の宣言文には、藤田敬三理事長と鈴木亨学長の連名で、「黒正校長時代から培われてきた自由と融和の精神」と謳われています。この頃の雰囲気については、大阪経済大学同窓会編『道理貫天地:黒正巌先生の思い出』(1987)を読むと、よくわかります。

 黒正イズムとは何か。私は次の4つの眼として、まとめられると思います。鳥の眼:鳥が大空から大地を眺めるように、広く空間認識のもと、国際的な視野をもっていました。たとえば戦前において、敵性言語であった英語を推奨したのは、今後の世界を見据えていたからでしょう。虫の眼:虫が地面をはいつくばって動きまわるように、地道に現場に即して考える姿勢を貫きました。身近な学生たちを愛し、日本文化の伝統を尊重しました。魚の眼:魚が河や海で流れを読みながら自由に泳ぎまわるように、永いスパンで時代の流れを読む先見性を持ち合わせていました。日本での社会経済史学の樹立に貢献し、いち早くマックス・ウェーバーを日本に紹介しました。最後にもう一つ強調したいのが、こころの眼:目に見えるものだけでなく、こころで感じるものへの気づきです。和を大切にし、利他の精神、感謝の心を大切にしました。これは生まれた実家が神官であったことから来ているのではないでしょうか。
 こうした4つの眼をもった黒正イズムは本学の芯柱であり、黒正イズムに基づく学生一人ひとりに気遣い心配りをした、きめ細かい教育こそが、本学の教育の特徴にならなければなりません。黒正イズムの継承・発展こそが、今後の100周年、さらには200周年の礎になることでしょう。私は黒正博士の学問上の孫弟子として、強く責任を感じながら、学長を務めさせていただいています。

 6月30日には、京都で教育懇談会を開催しました。7月7、8日と高松、岡山で予定していました教育懇談会は、大雨のため延期させていただきました。ご予定いただいていた保護者の皆さまには、お詫び申し上げます。秋学期が始まってから行いたいと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。今回の大雨で被災された方々には、お見舞い申し上げます。