学長・野風草だより

No.172

No.172 2012年1月1日(日)

謹賀新年 「鳥舞」「魚躍」

皆さま、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。こうして野風草だよりで、皆さまに新年の挨拶ができることをうれしく思います。今年の年賀状には、私の故郷松山の幕末・明治の書家である三輪田米山の「心如龍」の字を使わせていただきました。米山の書は、近年高く評価されてきています。最近知ったのですが、私が通った幼稚園がある多賀神社には彼の書が石に刻まれており、よく遊んだ近くの井手神社の注連石には「上善」「如水」が刻まれています。年末年初に帰郷したおり、米山が神官を務めた日尾八幡神社へ初詣に行きました。入口の注連石には、彼の雄渾な書「鳥舞」「魚躍」が刻まれていました。いいですね。今年は本学創立80周年であり、まさに鳥が舞うように魚が躍るように、「飛翔 Jump Up!」したいですね。
神社のある松山市久米は私の母親の出身地でもあり、小さい時に連れられてよく見ていました。長い階段を下から眺めていた記憶はあるのですが、お参りした思い出はありません。今年88歳になる母親が病気で入院中ということもあり、「病気平癒」のお守りをいただきました。病院を訪ねてさっそく渡すと、うれしそうに握りしめていました。
 以下は、『私学経営』No.443の年頭の所感です。

道理は天地を貫く
こんな言葉を皆さん、お聞きになったことがありますか?これは、大阪経済大学の初代学長である黒正巌博士(1895~1949)が言われたものです。農史、百姓一揆の研究で知られ、日本へのマックス・ウェーバーの紹介者でもあります。黒正博士は、この言葉で何を伝えたかったのか、私はよく考えます。「道理」と「真理」、「天地」と「世界」、「貫く」と「在る」、どう違うのでしょうか。「真理は世界に在る」?
そっと手を添え、じっと待つ
私はたまたま黒正博士の孫弟子にあたり、同じ農業史研究に長年たずさわってきました。現場の農村を回り、たくさんの名人たちにお話を聞かせていただきました。中国・韓国をはじめとしてアジア各地の農村を調査して、日本農業との比較対照をしてきました。そのような経験から、「名人たちは作物を作るのではなく育てる」、「作物はその人の性格通りに育つ」、「農業は子育てと同じで、結局は愛情だ」ということを学びました。
黒正博士もまた、農業生産の根底には、「我が子を育成するかの如く」「自己の子供の成長をたのしむが如く」「生産物に愛着を有する」「愛着心の発露」といったものが流れてい
ることに着目しています(『黒正巌著作集』第7 巻 2002)。
私は、農業も教育も「いのち」を育てるという点で、同じ原理から成り立っているのではないかと思います。農業のコツは、種を蒔き実が成るまでそっと手を添えながら作物の育つ力を伸ばし、無事に育ってくれよと祈りながらじっと待ちます。教育もまた目先の効率や利益のみを考えるのではなく、人それぞれの個性に合わせてそっと手を添えながら、人の自発的な成長をじっと待つものです。「そっと手を添え、じっと待つ」。

情・愛こそ、教育の根本
世界的に著名な数学者であった岡潔は、「人の子を育てるのは大自然なのであって、人はその手助けをするにすぎない。『人づくり』などというのは思い上がりもはなはだしい」と言われ、「人と人との間にはよく情が通じ、人と自然の間にもよく情が通じます。これが日本人です」と、「情緒」を強調されています(『情緒と日本人』2008)。
脳科学者であった松本元は、脳は情報処理の仕方を獲得することが目的であり、脳からの出力(感情表出、言動および認知能力)はそのための手段である。そのため人の生きる目的は、どれだけのことを成すか(出力するか、出来高評価や偏差値・業績評価など)ではなく、高きに向かって進んで行く努力のプロセスにある。脳を創る原動力は「目標」であり、目標達成の仕組み作りに向けて、脳は効率的に働くことになる。その根底で、人と人の関係である情、(『愛は脳を活性化する』1996)と言われています。
結局、人間にとって最も大切なのは情・愛なのではないでしょうか。

21世紀の科学、教育は、「求道」
この21世紀、科学は「世界に在る真理」を発見し、教育はそれを知識として若者たちに教えるという考え方だけでは、限界にきているのでしょう。「生きることでなく、よく生きることをこそ、何よりも大切にしなければならない」とギリシアのソクラテスは言い、「わが道は、一をもって之を貫く」と中国の孔子は言いました。賢者たちの言われる「よく」「一」こそが「道理」であり、古今東西、時空を超えて、目に見えない天地までをも貫いているものではないでしょうか。各人各様であってかまいません。「天地を貫く道理」を求め続ける「求道」こそが、21世紀からの第3 の定常化社会における(広井良典『創造的福祉社会』 2011)「科学」「教育」の根本に据えられなければならないと思います。
3.11の東日本大震災・フクシマから半年以上がたち、これからの日本社会のあり方、その中で農業の果たす役割、21世紀の担い手である若者たちへの教育。また就職難の中で、学生たちにいかにして希望を持たせて社会に送り出すのか、池澤夏樹(『春を恨んだりはしない』2011)や辺見庸(『水の透視画法』2011)などの本を読みながら、私は考えています。すぐに答えが見つかるものではありませんが、農家の人たちや大経大の学生・教職員、そして愛と志を同じくする人たちと、協働で粘り強く模索し、研究と教育に携わっていきたいと思います。

“大経大PRIDE”
大阪経済大学は、本年80周年を迎えます。これまでに8万7千名の卒業生を送り出してきました。たくさんの方々のご支援で、創立80周年を無事迎えられることに、心より感謝申し上げます。今後とも「ゼミの大経大」「マナーの大経大」「就職の大経大」として、学生教育に力を注ぎます。そして“大経大PRIDE”を胸に秘めた、21世紀を担う有為な人材を育てて参りたいと思います。
最後に私事ですが、今年は辰年で年男です。5回目の辰で、還暦を迎えました。人生ひと巡りしました。これからはもう『おまけの人生』(本川達雄 2005)です。道元の言う「尽力経歴」「心身脱落」を目標に、脳を活性化させるのが新年にあたっての私の抱負です。