学長・野風草だより

No.213

No.213 2012年5月10日(木)

重光美恵先生のトルコ便り

山本先生のポーランドに続いて、重光先生からのお便りです。先生は、東と西の文化の接点であるトルコに留学されています。私は、日本から西へはパキスタンまでしか行ったことがありません。ヨーロッパはドイツや東欧は行きましたが、エーゲ海や地中海方面に行ってません。いつかは、太陽ぎらぎらの砂漠地帯の農業、太陽いっぱいの南欧の農業地帯を見たいと思っています。トルコへ行けば、いっぺんに両方が見れるのかな?留学先のイスタンブールでは、勉強に忙しくてあんましお酒も飲まれていないようです。あと数か月、研究に打ち込まれて、元気にお帰り下さい。上新庄で待ってますよ!!!

遠くて近い国、トルコ
トルコ共和国に来て早9ヶ月が過ぎようとしています。以前学会で訪れた際には異国情緒あふれる国、という印象でしたが、住んでみると日本文化と共通する点がたくさんあることに気がつきます。密な家族関係や、目上の人に対する尊敬の念、グループコンセンサスを重んじるなど、やはりここにはアジアの気質がみられます。しかし、イスタンブールを含むマルマラ地域では、西欧の影響を受けて個人主義的、自由主義的な側面もあります。欧米文化の影響と自国文化の温存、時には文化摩擦もある、という点で、日本とトルコは似たような立場にあるのかもしれません。

言葉の問題ですが、せっかく1年間住むのだから現地の人たちと交流したいと思い、しばらく大学のトルコ語クラスでトルコ語を習いました。そのトルコ語教室での様子もこの国の状況をよく表しています。北はロシア、旧ソ連諸国、東は中央アジア、中東諸国、西は東・南欧諸国、南は北アフリカ諸国から留学生が来ており、この国の外交関係を象徴するかのような面々です。年齢は18歳から50歳までと幅広く、職業も考古学者、歴史学者、外交官、作家、これからトルコの大学で学位取得を目指す若者など様々です。当然共通語などなく、授業はトルコ語のみで行われます。

トルコはかなりの親日派です。「中央アジアに住んでいた我々のうち、魚をとりに東に移住したのが日本人、羊を追って西に移住したのがトルコ人だよ。きょうだい、チャイでも飲んでいかないか?」と言われます。ここでの日本人のイメージは、「勤勉で賢く、義理人情のある人たち」です。先人たちのおかげですが、このイメージを崩さないようにと少々プレッシャーを感じます。日本から来たと伝えると、大抵の人から「先だっての地震の時は救援に来てくれてありがとう」と、「日本も大変でしたが、その後どうですか?」と言われます。日本の地震の際、トルコは真っ先に救援を申し出てくれた国々のひとつだったのですが、どのくらいの日本人が知っているでしょうか。

さて、肝心の研究ですが、おかげさまで1年の間雑務を離れて論文の執筆に専念しています。新たにトルコ人研究者との共同研究を計画しています。この国とは長いおつき合いになりそうです。 (経済学部教員 重光美恵)