学長・野風草だより

No.216

No.216 2012年5月13日(日)

江戸時代の農書を訪ねて北関東へ

私は1977年から農業史の研究仲間と「関西農業史研究会」をやって、はや35年がたちました(野風草だよりNo.104)。私は江戸時代の農書研究が一つのテーマでしたが、農書が生み出された現地を直接知るため、そして農書を書いてくれた作者への感謝、お墓参りをするために、仲間たちと「近畿農書を読む会」を作り、1982年から毎年5月に全国各地を回っています。これも30年間継続してきましたので、全国津々浦々山々谷々を踏破しました。左の写真は、1987年に近江の養蚕の農書の故郷である長浜を訪ねた時のものです。私の恩師である三橋時雄、飯沼二郎、岡光夫の3先生もお元気で、懐かしい思い出です。私は最後列の真ん中です。

さて、この5月は常陸の農書「菜園温故録」(『日本農書全集』第3巻)を訪ねて、茨城県の水戸に集まり、常陸太田市へと出かけました。関西を中心に遠く福岡、広島、石川、そして地元関東の東京、群馬、埼玉、茨城からと22名もの参加がありました。当時30歳だった私も今や60歳!最高齢は85歳で、平均年齢はおそらく70歳弱でしょう。こうして毎年皆さんと旅が出来るのは、ありがたいことです。今年は茨城大学の中島紀一さんと日本農業実践学園の真下倫久さん、そして会からは神戸大学名誉教授の堀尾尚志さんのお世話で、楽しいひと時を過ごせました。ありがとうございました。本来は昨年行う予定でしたが、3.11の東日本大震災・フクシマ原発事故のため、延期となったものです。

常陸太田市の新宿のお墓に詣でて、お花を供えて焼香しました。その後、黄門様の水戸光圀の別荘を訪ね、横川温泉で疲れを癒しました。夕食後には、地元の有機農業農家布施大樹さんのお話を聞き、懇談をしました。昔々は、1時2時まで酒を飲みながら議論し、雑魚寝したものですが、前期・後期高齢者の集まりは、温泉につかってあとは寝るだけ。

翌朝は、布施さんの畑を訪ねて現地での勉強会です。放射能は新たに植えた作物には全く検出されませんが、堆肥に使う落ち葉などには残存しており、まだまだ困難な状況は続きます。しかし、布施さんは今後の課題と決意を次のように言われていました。・怒りを抱えつつ覚悟して感謝してゆく。・放射能問題は数ある危機の一つ。・永続のためには、こだわらない自在さも必要。・つながりの多様性を作ること。・地域に求めず、実力を磨く。・安全安心を超える有機の存在意義とは?・茨城は、使い続ける、耕し続けることができる。柔らかい自在自由さと確固とした覚悟と信念を感じます。偉そうかもしれませんが、原発事故にも負けない、そしてこれまでとは一味違う有機農業が生まれつつあるように感じました。詳しくは、彼の「木の里農園便り」(http://konosato.blog2.fc2.com/)にアクセスしてみて下さい。

その後、水戸藩成立期に起きた小生瀬の乱の史跡を訪ねました。水戸藩の年貢徴収に反抗した小生瀬村の農民たち数百名が殺されました。飯嶋和一『神なき月十番目の夜』(小学館文庫)に、詳しく書かれています。ついでですが、飯嶋さんの時代小説は面白いですよ。『雷電本紀』『始祖鳥記』『黄金旅風』『出星前夜』。ほとんど尋ねる人もないようで、草をかき分けかき分け進んで、もうこれ以上は無理という所で、お花を供えて線香をあげました。

昼ご飯は、品質日本一とも言われている「常陸秋そば」で打った和そばをご馳走になりました。おいしかったです。お土産にも買って帰りました。最後に、大子町の「袋田の滝」を見学しました。すごい!!!感動しました。2日間、楽しく勉強もできた旅でした。お世話になった皆さま、ありがとうございました。来年もまた元気でお会いしましょう。