学長・野風草だより

No.36

No.36 2011年1月27日(木)

最後の「新」学長インタビュー、『澱江』にて

昨年11月に学長に就任してから、何回かインタビューなどを受け、「新」学長の所信などを述べてきました(No.1No.20No.26)。おそらく、これが最後です。今後「新」は消えます。この1月に発行された同窓会大樟会の『澱江』46号からの転載です。聞き手は、広報部長の平田義行さんでした。ありがとうございました。故郷松山のことなども聞いていただいたので、4歳ころの写真を載せてみました。こんな時もあったんだ・・・そして、自宅の屋根裏部屋です。書斎ともいえないここで仕事をしています。かっこよくいえば、ロフトやけど・・・

―学長ご就任おめでとうございます。先生で何代目ですか。
徳永 ありがとうございます。1949年(昭和24)に新制大学となり、初代学長の黒正巌博士から私で13代目に当たります。
―同窓生の皆さんに、新学長のひととなりを理解していただくためにお聞きしますが、ご出身は四国の松山ですか。
徳永 はい、昔は「坊ちゃん」、今は「坂の上の雲」で有名な松山です。1952(昭和27)年生まれで、昔夏目漱石が教えた松山中学、現在の松山東高校から1971年、京都大学農学部へ進みました。農史を専攻して、黒正博士の孫弟子です。
―はじめから農学部の志望だったのですか。
徳永 いや私は、哲学や文学が好きだったのですが、父が「文学ではメシは食えない」(笑)と言われ、やむなく農学部を選びました。
―研究はどんな分野を。
徳永 日本やアジアの農業史の研究です。古文書などの文献研究はもちろんですが、日本はもとより中国・韓国・東南アジア、さらに欧米などの農家の現場を回 りました。どこの国の農家にも、根底には自然・いのちに対する畏怖、「おかげさま」という感謝の心が流れていることが解りました。
―ご趣味は何でしょうか。
徳永 中高はサッカーで走りまわっていました。大学院では軟式野球のピッチャーをして、スポーツ好きでした。今は休日に自宅のある京都吉田の近くのお寺や 神社の散歩ですかね。家でコーヒーを挽いて飲みながら、和ジャズや民謡を聞く。時代小説や警察、経済小説を読むのも好きですね。

―さて昨年、ご就任のあいさつで経大改革の王道は、「《愛と志のある教育》の充実」と説かれました。
徳永 私は長年農業の現場を歩いてきた研究スタイルと同様、「現場に立った学生の目線」を重視します。例えば、女子弓道部は練習場を間借りしながら昨年、 全国大会4位の成績を上げました。優勝まであと1歩でした。私は借りている練習場に行きお礼を言ってきました。学生部では昨秋から今までずっと昼休みに、 マナーアップのために巡回しています。これには他部署の若手の職員も協力してくれているようです。
こうした目配り、こころ配りをした「愛のある教育」が必要です。これには経大で働くすべてのスタッフが協力して、学生を育てていく自覚が欠かせません。ま た、「移行期的混乱」(平川克美)の時期だからこそ、どういう方向を目指して生きるのか、「志のある教育」が求められています。
―改革のポイントは。
徳永 経大の建学以来の伝統を受け継ぎ、さらに具体化するために次の4点を中心に進めます。まず「ゼミの経大」です。ゼミ教育は学生同士や学生と教員のつ ながりを深めます。1年生の早い内から少人数教育で鍛えます。昨秋、ゼミを全学的に活性化さすために学内でゼミ大会を初めて実施し、大成功でした。西日本 インカレ大会には2ゼミが出場し、経済学部の服部ゼミがグランプリに輝きました。私はゼミ中心の教育によって、“やんちゃ”な中にも真面目さのある堅実で 実力のある学生を育てていきたいです。  次に「マナーの経大」です。残念ながら学生のマナー面はまだまだ万全とはいえませんが、社会に出るまでに「一人前の社会人としてのマナー」を身につける よう、全学的に取り組みます。会っていてもさわやかで挨拶のできる清新な学生の育成が大切です。  3番目は「就職の経大」です。超氷河期だからこそ「就職に強い経大の底力を見せたい所」です。現状では大学は就職予備校的な面もありますが、決して就職 だけが目標ではありません。大学は知識を幅広く吸収し教養を付ける。大学を出て自分は何のために働くのかを考えられる学生を育てるのが、私たちの使命です。高いにこしたことはありませんが、就職率が100%ならいい大学なのでしょうか。

―最後は「80周年の経大」です。
徳永 イベント、スポーツ振興、記念事業など同窓生の皆さんと在学生が共に参加して「経大に愛着と誇り」を持ちたいものです。ホームカミングデーの共催は同窓会がもっと強くなると思います。キャンパス総合整備事業は、経大がさらに発展するため重要で、募金活動も同窓会と協力しながら進めます。

―学長としての課題は具体的にわかりました。学生に何を求められますか。
徳永 2つあります。1つは4年間の学生生活を終えた時、ご両親、学費負担者に“おかげさまで卒業できました”と感謝の言葉が言えることです。これが出来ればどんな状況でも生きていけます。2つ目は「道理は天地を貫く」です。「道理」をどのように解釈するかはそれぞれの考えでいいのですが、4年間で日本、世界で唯一の経大オリジナルのこの言葉の意味を考え、人生の軸にして欲しいと思います。  他大学の学生とは一味違う、芯棒が一本入った「堅実で清新な学生」を期待します。私は昨秋の産業セミナーで、大学と企業が一つになって、21世紀の日本を担う有為な青年を育てようではありませんか、と呼びかけました。

―学長の新しい名刺の裏面には、「道理貫天地」と大きく刷り込まれています。
徳永 初代学長の黒正巌博士が戦前、学徒出陣の学生たちに贈った言葉で、いかなる困難に逢おうとも、道理は天地を貫くことに確信を持ち、行き抜けというメッセージでした。私はこの考えを、わが大学の原点の理念として、世間に出していこうと思います。まさに経大の「オリジナルブランド」です。経大に黒正巌ありと言われるよう、「道理」に即しつつ経大改革を進めます。「無理」はいけません。  “なりはひの 道はかはれと さしていく 高嶺の月は 一つなりけり”と黒正博士は読みました。どんな道を歩こうとも、志が一つならば、行き着くところは同じ、という歌意でしょう。
―80周年を間じかに、経大はどんな大学を目指しますか。
徳永 2015年といわれる立命館大の茨木進出、2018年からの18歳人口の急減など逆風が強まります。これを乗り切り、90周年を迎えられれば100周年は大きな希望をもたらすでしょう。 多くの大学が定員割れをしている現状から、今やむやみに拡大路線、総合大学化の道をとる必要はありません。むしろ大阪市内にある経済・経営系の伝統ある都市型中規模複合大学として、関西で確固たる地位を築くことが最優先課題です。2032年の100周年に向け「経済・経営系の大学としてNo,1」を目指します。  
―ありがとうございました。期待しております。