学長・野風草だより

No.78

No.78 2011年5月1日(日)

東日本大震災の被災ボランティアに学生たちと行く

4月28日より5月1日まで、学生2人と原田多美子客員教授の4人で、宮城県南三陸町に被災ボランティアに行きました。アジア協会アジア友の会(JAFS)のお世話で、行くことが出来ました。アジア協会の第5陣支援隊は、4月26日から5月12日までの17日間、南三陸町で炊き出しや物資配布、イベント開催などをされており、最大で20数名が活躍されていました。登米市の老人福祉センターにおいて寝袋で寝泊まりしながら、朝の6時から夜の9時頃まで活動されています。震災発生直後から現在までの息の長い、心温まるアジア協会の皆さまのボランティアに、心から敬意を表するとともに、短期間で足手まといだったかもしれない私たちを受け入れてくださったことに感謝いたします。今回は、学生2人と原田先生のコメントを掲載いたします。私の感想などは、次回に掲載させていただきます。

経済学部 地域政策学科 3年

2011年4月28日~5月1日の4日間、私たちは宮城県登米市に被災地ボランティアとして現地へ向かいました。私は大阪にいる時も被災地の状況は、各種メディアから得ていたつもりでいました。しかし、それはほんの一部にしかすぎませんでした。現実はさらに重く、人々の心に深い傷を負わせていました。
そんな中でも、人々は生きていました。皆、精いっぱいの努力のうえで毎日を生きていました。本当は泣きたいくらい辛いのに、皆さん笑顔で私たちに接してくれて、逆に私のほうが皆さんから勇気と元気をもらいました。あたたかくて、やさしい現地の人々の笑顔が今でも忘れられません。
私たちは最後、約束を交わしました。「復興した宮城県に、また来ます」と。それまで皆さん元気でいてください。私たちは必ず戻ります。

経済学部 地域政策学科 4年

私たちが行った宮城県南三陸町の現状は、新聞やテレビ、インターネット等で見る以上に無残な状況にありました。避難所ごとに支援や行政サービスの内容が違うことで被災者の方々の間には困惑などがあり、心身ともに疲れきっている雰囲気さえ感じられることもありました。
私たちは、そのような現状にある被災者の方々に簡素な形ではありましたが、野点という形で皆様に抹茶やお茶菓子をふるまいました。「京都のお茶とお菓子を頂けて、うれしい。ありがとう。」などと、被災者の方からも御好評をいただき、心安らぐひと時を過ごしていただきました。
実際に被災者の方々とお話しすると、現状は大変なことに変わりありませんが、復興に向けての意気込みを感じることもできました。

客員教授 原田多美子

3月11日、宮城県沖を中心とするマグニチュード9.0の地震が発生。被害は三陸沖から茨城県沖に至る広範囲に及び、特に海の幸に恵まれた東北の沿岸部が地震後の大津波による壊滅的な被害に見舞われました。本学はこの災害を自らのものとして受け止めその現状やニーズを把握し、今後のボランティア活動の方向性を探るために、4月28日から5月1日の間、学長、学生2名、原田の4人は、社団法人アジア協会アジア友の会の第5次被災地支援活動に同行。宮城県本吉郡南三陸町の港親義会館の避難所(現在37世帯が居住)で炊き出しと配食(毎日約250食以上)・本学主催のイベント(野点)・ヒアリング調査を行いました。
 2ヶ月過ぎた現在の課題は、被害格差(家屋の全壊・半壊等)によるギクシャク感、全員揃っての仮設住宅への移転、仕事への復帰です。それだけに、ボランティア19人で作る熱々の食事は皆さんの心をつなぐツールとして、さらに30人余りの皆さんが参加された京都の和束茶、亀屋友永様寄贈による本学主催の野点は今までにない安堵とコミュニケーションタイムとなったようです。
今後のボランティアは、初動対応から自立支援へ移行する中で、被災者ニーズに合致した、自分のできる何かを考え、継続的に推進することが期待されています。