学長・野風草だより

No.79

No.79 2011年5月1日(日)

東日本大震災への被災ボランティア、顛末記

仙台にはゼミ卒業生が2人いますが、何とか安否の確認はできました。長年お付き合いのある農家も無事でした。そして、私にでも出来るサポートは何かと考えていました。新聞やテレビの報道を見ていると、余震などもあり、はたして現地へ行けるのだろうかと思っていました。

大学での街頭募金は、後にボランティア経大団体・BKDを結成した学生たちが自発的にやりたいと申し出てくれて、いち早く取り組むことができました。こうしたことはスピードが大事です。しばらくして今度は、原田多美子客員教授のボランティア論の受講生を母体としたボランティアサークル・ピースの学生たちが、直接現地に行ってボランティア活動をしたいと申し出てきました。安全面などどうするか、費用は、講義はなど、いろいろ問題もありましたが、学長執行部、学生委員長、学生部長らが本人たちと面談して、行ってもらうことにしました。

大学での街頭募金は、後にボランティア経大団体・BKDを結成した学生たちが自発的にやりたいと申し出てくれて、いち早く取り組むことができました。こうしたことはスピードが大事です。しばらくして今度は、原田多美子客員教授のボランティア論の受講生を母体としたボランティアサークル・ピースの学生たちが、直接現地に行ってボランティア活動をしたいと申し出てきました。安全面などどうするか、費用は、講義はなど、いろいろ問題もありましたが、学長執行部、学生委員長、学生部長らが本人たちと面談して、行ってもらうことにしました。

月22日にアジア協会アジア友の会の事務所での第5次隊の事前説明会に出席しました。個人で現地に飛び込んでも何も出来ませんし、被災地住民のご迷惑にもなりかねません。アジア協会は、震災直後から支援隊を派遣して、すばらしいボランティア活動をしています。活動内容は、アジア協会のWEBサイト http://www.jafs.or.jp/ をご覧ください。参加させていただき、本当にありがとうございました。以下、わずかの期間でしたが、私たちの活動内容を書いていきます。

28日の夜、大阪駅から夜行バスで東京へ。29日早朝に着き、東京から東北新幹線で仙台へ。仙台からレンタカーを借りて、南三陸町へ。昼過ぎに現地に到着です。仙台からしばらくは日常の景色でしたが、南三陸町の志津川に入った途端、息を呑む惨状が続きます。  コンクリートの土台を残して家が根こそぎやられています。鉄筋が曲がりくねっています。防波堤が途中でなくなっています。漁船が道路に打ち上げられています。ガレキが延々と続きます。このガレキの下に・・・、海の底の車の中に・・・、流されてはるか海の向こうに・・・

現地ではおよそ20名のボランティアの方が活動されていました。早速、炊き出した昼ごはんの各地域への配達です。また、前日までの活動で聞きまわっておいた必要とされる水とか、衣料、生活用品などを車で各地区へ届けます。3時頃から、夕食の準備が始まります。支援物資として送られた野菜や肉、魚、調味料などを考えながら、被災された皆さんの栄養を考えて献立を作られていました。250食ですので、半端な量ではありません。5時頃から避難所の港親義会館と各地域の皆さんに配ります。

残ったごはんとおかずで私たちの夕食を済ませ、後片付けをして、支援物資の集中センターである登米市石森ふれあいセンターに向かいます。そこで翌日の炊き出しとしと物資配達の準備をし、一段落すればその日の反省会、ミーティングです。それぞれの方から、あの地域はこんな状況です、ああしたらもっと良くなるといった意見が飛び交います。終われば、宿泊場所の登米市老人福祉センターに向かいます。10時過ぎとなり、シャワーを浴びて、寝袋でスヤスヤです。かくて初日が終わりました。

翌30日は朝6時に起きて出発し、ふれあいセンターでおにぎりなどの朝食を済ませ、資材などを積み込んで、港親義会館に向かいます。私たち4人はレンタカーで行きましたが、途中で前方の車を見失い、カーナビを頼りに行く羽目となりました。ところが、途中で交通止めになったりしていて迷子になり、1時間ほど遅れて何とか辿り着くことが出来ました。昼食の準備、配達などのあとで、4人で昼から行う野点の準備を行いました。ブルーシートを敷き、花を活けて、それなりの茶席をしつらえました。2時頃から、学生2人とアジア協会の方、計3人がお点前の宗匠にヘンシーンして、30人ほどの方々に抹茶を振舞いました。子供さんにはお茶の点て方を教えるなど、大変好評でした。3時頃より雨が降りだしたので、残念ながら、ここで中止にしました。晩に宿泊場所で、ボランティアの皆さんに味わっていただきました。

5月1日も同様に進みますが、朝食の準備が終わってから、アジア協会の方に無理をお願いして、被災された方2名に聞き取り活動をさせていただきました。詳しい内容は、また次回に書きます。彼らの悲しみ、無念さ、復興への決意など本音をお聞き出来て、貴重な経験になりました。そして、12時には仙台に向かい、4時の新幹線で仙台、東京、京都と帰り着きました。

亡くなられた皆さま、被災地の皆さまとのご縁を含め、いろいろな方々と「いのち」を分かち合い、生き活かされている。『おかげさまのどまんなか』(東井義雄 1994)なんだなと実感させていただいた、4日間でした。合掌。

※ 5月25日(水)18:00~19:30 本学B32教室で「東日本大震災の支援活動に関する報告会」を開催します。ご参加ください。