伊藤大一

ブラック企業、過労死など労働問題の解決、労働運動の復興をめざす

労使間の自由な契約では労働者の権利は守れない

 1980年代以降すっかり弱体化してしまった労働組合を、どうすれば強くできるかを考え、その活性化策を探っています。ILO(国際労働機関)の設立とともに導入された労働政策の基本原則は、「政府、労働者、使用者の三者が話し合って自由に決めてください」というものです。なぜこのような原則があるのか、少し考えてみましょう。
 労働契約は契約の一種ですから、本来は国家に関係なく労使で自由に決めていいのです。しかしそれでは圧倒的に使用者が有利になってしまいます。だから労働の問題に関しては三者構成原則が採用されているのです。しかし私は、これでも労働者は十分に守られないと考えています。なぜかというと、労働契約においては基本的に「使用者が強い」だけでなく、「政府も使用者側に立っている」から。過労死やブラック企業の問題があとをたたないのも、こういう状況があるからです。残業代ゼロ法案を止めるためにも、労働者は労働組合に集まらなくてはなりません。このような思いから、最初の著書『非正規雇用と労働運動-若年労働者の主体と抵抗』(大阪経済大学研究叢書、2013年)を出版しました。

ブラック企業が生まれる社会的背景

 ブラック企業とは、最後まで低賃金のままで正社員が働き続ける会社のことだと私は考えています。仮に年収1000万円の会社に勤めていたらがんばって死ぬほど働くことも理解できるでしょう。しかしなぜ、ブラック企業の社員は、頑張っても報われないのに会社を辞めないのでしょうか。そこには親から「絶対フリーターにはなるな」と言われ、ブラック企業の正社員に追い込まれる若者の姿があります。
 日本の若者が21世紀に入ってから直面するようになった経済的条件として、私は次の6つを挙げます;1.労働市場の悪化、2.産業構造の変化、3.正規雇用の労働条件を押し下げる非正規雇用の増大、4.大学進学率の上昇と大学でのキャリア教育、5.やりがいの搾取、6.労働組合運動の衰退。なかでも5.の「やりがいの搾取」は、最低賃金で過労死に追い詰められるまで働く人を作りあげる21世紀的方法として注目されています。例えばアニメーターや理美容師の皆さんは、低収入で仕事はキツイのに、なぜ働けるのでしょうか。それは、彼ら彼女らが「私には夢がある。将来のために今は修行」という考え方の中にとっぷりと漬け込まれているからではないかと考えられます。

米国での労働組合の再復興戦略に注目

 2016年、アメリカに留学して、アメリカでの労働組合の再復興戦略について調査を行ってきました。その結果、私が注目しているのは、最復興の方法として「社会運動的労働運動」が提唱されている点です。かつての労働組合運動は、環境保護運動と対立していました。なぜなら、環境保護運動の主張を受け入れることは企業の利益を損ね、ひいては自分たちの職場が奪われることにもなるからです。しかし最近、アメリカの労働運動は「企業の利益は社会正義を求める範囲内で追求しなければならない」という前提のもと、積極的に社会正義と関わる方向へとシフトしつつあります。また、性的少数者の権利拡大などこれまで労働運動に関わってこなかった社会運動と連携しながら運動を強化しようとする流れも広がってきています。
 労働や貧困の問題は世界中で同時進行しています。その最有力な発信元であるアメリカの動きには、今後とも注目していきたいと考えています。