ブックタイトル17歳からのメッセージReport2018

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17歳からのメッセージReport2018

17歳からのメッセージ2517歳からのメッセージ奨励賞学校特別賞応募参加校一覧学生審査員賞金賞銀賞グランプリは、地域の小学生と一緒にたくさんの活動をした。基本的には、様々な活動のスタッフをしている。することを説明したり、お手伝いをしたりする。そこで私は、小学生や大人の人に話をするのに、目を見て話をすることが大切だと分かった。例えば、私が小学生に分からない所を教えていると目をあわせていなければ、その質問だけでおわってしまうことが多かった。しかし、目を見て話をすると、他にも、別の話ができるようになって楽しくなった。会話が始まるのは、目を見て話すことなのだ、と分かり、自分から目を見て話すようになった。ほかにも、手話をする時にも目を見て表現することが大切だった。手話は手で表現しているが、口で話しながら手を動かしている。私は目をふせて、二年間手話をしていた。自信がないのと、不安で目を上にするのが、恥ずかしかったのだ。しかし、三年生になって部長になると、後輩もいるので、恥ずかしがるのもやめた。目線を上にあげると、いつもよりも楽しく手話ができた。たくさんのことが目を見てすることで変わった。だから私はこれからも相手の目を見て、たくさんのことをしていきたいと思う。「円や線を自由に書いてみよう。」その言葉から始まった私の道は、決して楽なものではなかった。私が幼稚園に通っていた時、友達が通っているからという単純な理由で、同じ書道教室に通い始めた。文字を書くだけではなく、友達と団うちわ扇やカレンダーに絵を描く自由な時間もあったのだが、高学年になってくると、勉強や部活動の時間が増えて、夜遅くまで起きていた。毎日が辛い。もっと睡眠時間が欲しい。日頃の疲れが字に表れてしまったのか、ある時、先生が、「遥の下手くそ、線に深さが無い、こんなのダメ。」と添削もしてくれず、そのまま突き返されることがあった。同じ教室に通う、とても字が上手な同級生といつも比較されていた。凄く悔しい。絶対に負けない。皆の前では泣きたくない。と思い、◆愛のむち土佐女子高等学校(高知県)中澤遥さんいつもトイレで涙顔を洗い流していた。泣いている鏡の自分自身が悔しかった。しかし、全国大会で私が大きな賞をいただいた時、先生は「遥の日頃の頑張りが結果に表れたのよ。」と笑顔で喜んでくれる。先生の厳しさは、愛のむちなのだ。どんなに辛いことがあっても、決して諦めず、もう泣かないと決心した。努力すれば結果に繋がる書道は楽しい。先生と出逢えたことの幸せと、あの時の悔しさを忘れずに、師範を目指して前だけをみて進むのだ。継続は力なりを信じ続け、昨日より今日を、今日より明日が充実出来るように毎日頑張り続けると決めた。「ばーば、みのりだよ。分かる?」これが私がおばあちゃんに話しかけた最後の言葉だった。おばあちゃんはもともと心臓が弱かった。でも、私たちがおばあちゃん家に遊びに行くとそんな素振りは少しも見せず、おしゃべりしたり遠くに旅行に行ったりもした。ずっとこれがあたりまえと思っていた。去年の冬、お父さんがご飯中におじいちゃんから電話が来ておばあちゃんが少しやばいかもしれないと言った。私たち家族は少し静かになったが、大丈夫だろというお父さんの言葉を聞き、あまり深く考えなかった。でも、数日後おばあちゃんの状態はどんどん悪化していった。私は学校帰りにおばあちゃんのいる病院に行った。おばあちゃんはたくさんの大きな機械に囲まれていた。少し怖かった。おばあちゃんを見ると苦しそうで、とてもやせていて怖かった。そんな私を見てお母さんが、話しておいでと言った。私は小さな声で「ばーば、みのりだよ。分かる?」と言った。私にはおばあちゃんがうなづいたように見えた。それ以上私は声も出せなかった。その夜家で泣いて私を見るお母さんを見て、私は悟った。今まで自分の身近で「死」を体験したことがなかったから、全く実感がなかった。なにもなかったように時間は流れるし、誰も止まらない。でも、その時初めてあたりまえなんて存在しないと感じた。だからこそ、今を大切にしたいと思った。◆あたりまえじゃなかった。佐賀県立鳥栖高等学校(佐賀県)山田実乃梨さん私はよく妹に比べられる。妹は小学五年生で五つ年が離れている。妹は最近、テストの点数を気にする。私はよく母にテストの結果を見せている。妹はそれを見て自分もほめてもらいたいと、結果を見せる。点数が私よりも上ならば喜び、下であれば悔しがる。妹だけに限らず、親も姉だから妹だからと比べる。嫌なわけではない。姉だからと言われると妹よりも出来るのが当たり前と言われているように感じる。五年も長く生きているのだから、妹よりも出来ることは多いかもしれない。でも違うこともきっとあるはずだ。妹の方が優れていることだって必ずある。人から比べられると言ってきたが、私自身他の人と比べていることだってある。少し気になって、比べることについて調べてみると比べることにより、優越感を得られるということが書いてあった。その通りだと思った。自分と人を比べ、自己満足をしているのかもしれない。しかし、比べるのも悪いことではない。人に負けることで、次につなぐことが出来る。もしかすると、次に良い結果が出るかもしれない。今まで、比べるということはマイナスなイメージをもっていた。しかし、良い方向に考えることも出来るのではないだろうか。私はもう一度比べられた、比べたことを思いだそうと思う。私は人と会話をするのが苦手だ。人の目を見て話すことは、家族以外にはあまり出来ない。そんな私を変える出来事があった。私は高校からボランティア部に入った。ボランティア部で◆再び思いだす山口県立徳山商工高等学校(山口県)佐々木栞さん◆目を見て話すことの大切さ徳島県立海部高等学校(徳島県)戎田愛結さん