前学長・野風草だより

No.903

No.903 2019年3月18日(月)

学長退任の慰労会

 いよいよ、学長退任のカウントダウンとなりました。この日は、崎田常務理事、小谷副学長、山本俊新学長が発起人となり、教職員に呼びかけていただきました。60人ほどの専任教職員、準職員に加えて、藤本理事長にもおいでいただきました。ありがたいことでした。
 学長在任の8年5ヶ月をふり返ってみますと、やはり教学のトップとしての重圧がありました。100Kgの荷物を背負っていたとすれば、12月に山本新学長が選ばれて30Kgに一挙に軽くなりました。今はもう10Kgくらいでしょうか。この間、病気や体調不良で会議を休んだことは、一度もありませんでした。やはり緊張してたからでしょうか。4月以降、寝込んでしまうのかもしれません・・・
 2018年度では、会議や打ち合わせ、学内外の方々との会食、クラブの応援、東京などへの出張、外国訪問などいわゆる「校務」は、4月は14日間、5月は18日間、6月は20日間・・・といった調子で1年で186日間ありました。1年のおよそ半分ですね。そして水曜日はゼミや講義で30日間、教育に携わりました。残り約140日間も、自宅で挨拶を考えたり、依頼された文章を書いたり、そして野風草だよりを書いたりして過ごしていましたので、休みらしい休みはありませんでした。9月が13日間、12月が12日間、1月が11日間と少ないくらいです。夏休みの一斉休業と冬休みの年末年始がそれぞれ2週間くらい取れた感じでしょうか。こんな感じで8年半を過ごしてきました。
 そうした合間合間をぬって研究らしきことをしてきました。この3月に自著を出版できましたが(野風草だよりNo.901)、これは野風草だよりの執筆をさぼって時間を作り、自著の執筆に振り替えたからです。

 私は、以下のことを心がけてきました。①ぶれない。就任以来「ゼミの大経大・マナーの大経大・就職の大経大」を言い続けてきました。学内外に浸透したのではないかと思います。そして「そっと手を添え、じっと待つ」というスタンスが大事だと言い続けてきました。②逃げない。大きなトラブルもありましたし、2期目は副学長・学長補佐を選任してもらえず一人でやっていました。しかし、必ず最後は教学のトップとして責任を取るというスタンスを貫きました。③群れない。誰か特定の人やグループと付き合うというのは、しませんでした。誰とでも淡き交わり、淡交を心がけてきました。ただし、私は人の好き嫌いははっきりしていますので、「ガ・ガ・ガ」の何人かとは挨拶はしても話はしませんでした。
 こうしたスタンスで、④学生目線に立つ。一人ひとりの学生を大切にしてきたつもりです。クラブの応援などに頻繁に出かけたのも、その気持ちからでした。中規模大学としてのメリットは、そこにあると思います。⑤黒正イズムを復活させる。黒正巌博士の孫弟子として、「道理貫天地」、「研学修道」の教え、黒正イズムの4つの眼を、浸透させようと努力してきました。「黒正賞」の制定の時から今の今まで、何かとケチをつける輩はあとをたちませんが。

 こうして、重荷を下ろせるのは、若くて、誠実な人柄、研究・教育に熱心な山本新学長にバトンタッチできるからです。今後とも新学長の下で、90周年、100周年に向けて、大学改革にご支援をよろしくお願いいたします。
 最後に、崎田さんからとんでもないサプライズが用意されていました。「光俊さんへ・・・」、ええっ、どういうこと・・・私の妻からのメッセージじゃないですか。何にも聞いてなかったよ。恥ずかしいので、ここには載せませんが、びっくりしました。しかし、うれしかったですね。崎田さん、お気遣い、ありがとうございました。
 右のポスターは、学内のすばらしいポスターを作ってくれている学生部の大橋さんの力作です。いいですね。ありがとうございました。その他にもお世話になった企業の方々が慰労会を開いて下さったり、ゼミ卒業生が集まってくれたり、広報隊が各クラブからの色紙を集めてくれたりと、ありがたいことが続きます。多くの花束もいただきました。花は大好きなので、今は家中が花で一杯になっています。
 最後の最後に、改めてこの8年半、ご支援、ご協力いただいた学内外の皆さまに、心から感謝申し上げます。